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【自宅を使わないお葬式専門】

2015.02.21 おくりびとからのメッセージ「生きた証」

武田徹:今日はどういうお話ですか?

篠原憲文:今日は自分が生きた証というお話を。

武田徹:自分が生きた証?

篠原憲文:まず、武田先生は生きた証をどう残されますか?

武田徹:普段、生きた証を残そうなんていう考えをしないからね。

篠原憲文:そうなんですか?

武田徹:うん。全くないね。例えば作家の方とかなら作品が残るでしょう。映画監督だって映画がDVDとかで残るでしょう。私だったら、残るとしたら庭だな。庭が好きだから。

篠原憲文:なるほど。

武田徹:植物だって2~300年は生きるでしょう。まぁ、その間自宅が維持されるのか知らないけれど(笑)でも結果的にそうなるので、あまり生きた証というのは意識したことがないですね。

篠原憲文:例えば、文学を書く方であれば本が残るし、絵を描く方であれば絵が残ると先程仰られましたが、一般生活者の方が何を残せるのか私自身も考えてみたのですが、やはり子供が生きた証かなと。

武田徹:ああ、考えればそうだよね。

篠原憲文:そして古代を紐解いていくと、大昔といえば偉大なる王という人が石を刻んだわけですよね。石っていうのは歴史を跨いでずっとありますよね。

武田徹:そうそう。

篠原憲文:ちょっと葬儀社の話で笑い話のような話があるのですが、千年残したければ石に刻めと。

武田徹:なるほど。

篠原憲文:実際問題、御葬儀の書類というと未だに和紙に墨というのが割と多いのですが。

武田徹:これが残るんだよね。和紙っていうのは非常に。

篠原憲文:仰る通りなんです。やはり百年以上残そうといったときに、これまで日本が残してきた形ということで和紙に墨を未だに使っているんですよね。

武田徹:うーん。

篠原憲文:お客様に先日、ボールペンって百年後もちゃんと残るのかいと聞かれたのですが(笑)

武田徹:うーん。

篠原憲文:ちょっと分からないですよね。まだ100年も歴史がないので。

武田徹:全くその通り。フィルムだって分からないからね。

篠原憲文:そうですよね。

武田徹:レコードなら残るかもしれないけれど、これもまだ分からないね。レコードは百年経ったのかな?

篠原憲文:プレーヤーとか、再生する環境が残っていればいいと思うんですけどね。ですので、時代を跨いで残そうとすると、様々残したいものを石に刻むというのは非常に理にかなっているなぁと思うんですよね。

武田徹:和紙の話が出てきて、一色白泉さんという写経の第一人者の方が長野市におられて、つい最近作品展があって行ってきたんですが、この方の般若心経が東大寺の阿吽形の腹の中に収められたんですよ。十年くらい前かなぁ。

篠原憲文:腹の中ですか、へぇ~。

武田徹:ですから、これが何百年も残るんですね。

篠原憲文:なるほど。

武田徹:で、一色さんは般若心経を書くために一年間一生懸命書いたんですよ。

篠原憲文:魂を込めて書かれたんですね。

武田徹:そうなの。だからそれが4百年後、4百年前の一色さんという方が書いたんだよということになるんだろうねぇ、きっと。

篠原憲文:すごい話ですよね。和紙に墨という残し方というのは、一般の家庭でもおじいちゃんの代から書き留めていたメモなどが、御葬式の書類として一式とって置かれて出てくることがあったりというのを我々も目にすることがあるのですが、一般生活者の方が例えば御葬式の後に残るものといえば、まず遺影写真ってありますよね。

武田徹:ああ、ありますねぇ。

篠原憲文:変な話ですが代が二代、三代といくとおじいちゃんってどういう人だったの?というときに遺影写真があると分かり易いですよね。遺影写真意外に写真を見たことがないという方もいらっしゃるんじゃないでしょうか?

武田徹:そういえば、あるある。

篠原憲文:ですので、最近遺影写真についても残るものとして、生前中にご自分で用意されるというお話もよく聞きますよね。

武田徹:今は遺影写真というものがあるけど、私の頃は手描きの絵だったね。でも、よく似ているよね。

篠原憲文:職人の方が描いていたんですよね。

武田徹:そうそう、職人さんがいらっしゃったんだよ。

篠原憲文:出来栄えに地域差がありそうですね(笑)

武田徹:そうだね、ありそうだね(笑)

篠原憲文:そしてあとはお位牌、ご遺骨というものが御葬儀の後、手元に残るわけですけれども、お位牌に残った戒名などは墓石や本位牌に彫られて残ったりしますね。

武田徹:なるほど。

篠原憲文:一般生活者の生きた証というのはそういったものが挙げられますし、最近は生前中の姿を記録した映像を残しておくというようなサービスもあって。

武田徹:ほぉ。

篠原憲文:お手紙を書くというのも一つの方法だと思うのですが、映像だと実際のその人の声と姿を伝えられますよね。

武田徹:亡くなった方の声なんか聞くと、懐かしくなるだろうね。それから映像。最近はビデオもあるから、亡くなった方とどこか旅行へ行ったときのビデオなんかをたまに見てみるとかさ。もうすぐ3月のお彼岸もくるから、そういう方もおられるんじゃないかな。

篠原憲文:とても良い一つの残し方だと思います。

武田徹:うん。

篠原憲文:やはり書籍などで有名な人の言葉を読むこともいいですが、自分のおじいちゃん、おばあちゃん、自分の親が残した言葉というのは、また違った味わいがあるものだと思うんですよね。

武田徹:うん。

篠原憲文:今日よく耳にすることで、事前書のようなものを自費出版される方がいますよね。

武田徹:多いねぇ。

篠原憲文:簡単なものではなくて中々大変なところもあるのですが、最近話題のサービスがありまして、昨年の12月にライフチェストというサービスが始まって、にわかに注目を集めているのですが。

武田徹:ライフチェスト?

篠原憲文:命のタンスといったような意味ですかね。

武田徹:命のタンスねぇ、うん。

篠原憲文:このサービスの何が注目を集めているのかというと、辿ると残すというプロセスがありまして、専門のインタビューをしてくれる方とライターさんとカメラマンさんが来てくれて、一週間くらいかけてインタビューを行うんですね。

武田徹:なるほど。

篠原憲文:それを元に本を作成したり、家族へのメッセージなんかを向こうでまとめてくれるんですね。

武田徹:ふ~ん。

篠原憲文:そして世代を超えて受け継げるよう、デジタルデータという形で百年は保管しておくよというようなサービスなんです。そういう所へ預けて、写真アルバムやムービーを孫の世代にも見れるようにしようと。

武田徹:ほぉ。

篠原憲文:そして、注目なのはこの価格なんですね。

武田徹:結構お高いんでしょう?

篠原憲文:そうなんですよね。最もお安いもので250万円~という。

武田徹:そりゃあそうだよなぁ、一週間インタビューしてそれを本人じゃなくて向こうでまとめてくれるんでしょ?

篠原憲文:それが、来てくれる方たちがいわゆる一線級の方たちなんですよね。某D社のような広告代理店の方たちが始めたサービスでして。

武田徹:なるほどねぇ。

篠原憲文:実は大手のYahooさんでもYahooエンディングというサービスを去年から始めていまして。

武田徹:へぇ~。

篠原憲文:ですから、かなり一般化してきているような印象がありますね。月に190円とかで予め用意していた文章なんかを知らせたい人にメールで配信してくれたりするようです。それから、最近は自分の消し方というのが注目を集めていまして。

武田徹:消し方というのは亡くなり方かい?

篠原憲文:様々なデジタルデータや社会的な繋がりなんかのインターネットに残っている情報を消してくれるというサービスもYahooエンディングで取り扱っているようです。

武田徹:そっか、面白いねぇ。あれって一生残っちゃうからね。

篠原憲文:そうなんですよね、インターネットの海に残り続けてしまうという。これをどう消すかというのが話題になっているようですが。あと、ちょっと近代的だと思うのが、故人様の話をする掲示板が用意されるんです。そこで色々な関わりのあった方たちが思い出を一緒に話せる場所が提供されるということで、なるほど、そういう感じなんだなぁと。

武田徹:面白いねぇ。そうか、いかにして自分の生きた証を残すか、あるいは消すかと(笑)

篠原憲文:そうなんです。消し方といった意味では、0葬という、自分を残さないサービスを一定層の方が望んでいらっしゃると。先程遺影の写真とお位牌が最後に残るというお話をしましたが、0葬というのは写真も位牌も残らないし。

武田徹:残さないんですね。

篠原憲文:はい。そしてお骨は散骨をしてしまいますから、ある意味自分を残したくないという方の選択ですよね。

武田徹:人生って単に終わるだけじゃなくて、色んなものがあるんですねぇ。実際、我々の世代70~80代はさ、そろそろ遺影用の写真を撮ろうかな、なんて人もいるんじゃないの?

篠原憲文:そうですね。

武田徹:川柳にあるんですよ。遺影用、笑い過ぎだと避難されってのが(笑)

篠原憲文:笑っているのも中々(笑)

武田徹:いいだろうけどね(笑)いやぁ、面白いなぁ。先程篠原さんが一番長く残るものは石に刻むことって言ったでしょう?

篠原憲文:はい。

武田徹:こんなこともよく言われるんですよ。小さい頃、小学生の頃って虫や草花が好きじゃないですか。これが小学校高学年、中学になると犬や猫に興味を持つようになるんだよね。

篠原憲文:なるほど。

武田徹:虫はすぐに死んじゃうでしょう。花はすぐに枯れちゃうでしょう。犬や猫は10~20年は生きるわな。

篠原憲文:そうですね。

武田徹:で、大体30歳くらいになると、それが木に変わるって言うんですよ。つまり、庭に木を植えるとか。木はとっても長持ちするでしょう?

篠原憲文:そうですね。

武田徹:ところが、50歳以上になると石に興味を持つって言うんだよね。

篠原憲文:へぇ。

武田徹:つまり同じ庭でも最初は小さいアリとか、虫だよね。そのうち花に興味を持って、その次に庭でペットを飼い始めて、その次に木を植える。最後は石に興味を持って。ということは、石ってずっと残るから、ずっと庭に残せるんですよ。だから、何かを残したいという欲求は人間に無意識にあるのかも知れないねぇ。

篠原憲文:そうかも知れませんね。そのお話は、腹に落ちるところがありますね。実は石というのは御葬儀の中でも様々な場面で登場することがありまして、魔を祓う道具としての石というのが。

武田徹:あ、そういうのもあるんだ。

篠原憲文:例えば、昔は棺の蓋をして最後に釘を打ちましたが、未だにその釘は石を使って打つんですよね。

武田徹:あ、そうなんだ。金槌で打っちゃいけないんだ?

篠原憲文:金槌も最後に使いますが、立ち会う人にはまず石を持ってもらって行いますね。

武田徹:へぇ~。

篠原憲文:石というのは色々な意味合いで受け取られる場面がありますよね。

武田徹:まぁ、石もできるまですごい年月がかかってるわけだもんね。

篠原憲文:そうですね。なんというか、生きた証というのは日々生活していったうえで残るものですが、そんなことを意識しながら生活していくのもいいと思います。

武田徹:みなさん、普段考えたことがないようなお話を篠原さんにしていただきました。みなさんはどんな生きた証があるのでしょうか。ちょいと考えてみるのもよろしいんじゃないかね。これから残そうって考える方も多いかも知れない。

篠原憲文:若い方でもブログのような、日記を残している方もいらっしゃいますしね。

武田徹:生きた証というと、我々の先代の文学者が書いた手紙とか、こんなふうに読まれているなんて本人は思ってもいないでしょう(笑)あれってプライベートの侵害にならないのかね?私は本当にそう思うんだよね。

篠原憲文:かなわないでしょうね(笑)

武田徹:あの世で、ヒデェことやってるって思ってるかも知れない(笑)そんなわけで今日も篠原さんにお話しいただきました。

篠原憲文:ありがとうございました。

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