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おくりびとからのメッセージ「実家の片付け問題」

武田徹:本日はどういうお話ですか?

篠原憲文:本日は近年注目を集めるといいますか、社会問題化してきました「実家の片付け問題」について考えてみたいと思います。

武田徹:つまり実家に人が住んでいない場合?

篠原憲文:そうですね。高齢単身者の世帯が増えてきてしまって、子供たちが離れて暮らしているような場合で中々面倒を見きれないなかで物が溜まっていってしまうという。この問題、国民的アニメのサザエさんをモチーフにした「カツオが磯野家を片付ける日」という本が2016年の4月に出版されまして。

武田徹:そんな本があるんだ(笑)

篠原憲文:その本が狭い界隈ではありますが話題を集めています。磯野家であっても他人事にはならないといいますか、実家として片付かなくなってくるんですよということで、対処法について書かれている本だったのですが、こうしたことがどの家庭でも起こり得る問題になってきています。なぜこうした実家の片付けが社会問題化してきているのかですが、やはり社会環境が変わってきたということがあって、高齢者が増えてきて高齢者がいる世帯が年々増えている。つまり親と子が離れて暮らすことで世帯の数も増えてきていると。そして高齢単身の方や夫婦だけで暮らしている人が増えてきているので問題化してきているわけなのですが。先般のニュースで2009年に高齢者のいる世帯が2千万世帯を超えたとやっていまして、日本の人口は1億2、3千万ですが、世帯の数という意味では5050万世帯くらいあるそうです。

武田徹:なるほど。

篠原憲文:それでいくと5件に2件ぐらいが高齢者、日本では65歳以上の方を高齢者と言いますけれども、まあそのぐらい増えたんです。少し内訳を見てみると、2千万世帯くらいいる高齢の方の中で、およそ3割は夫婦だけで暮らしてらっしゃると。

武田徹:うん。

篠原憲文:そして24%ぐらいの方は単身で暮らしていると。

武田徹:ああ、一人で暮らしてるんだな。

篠原憲文:そして親と未婚の子供で暮らしている人が20%くらい、残りが子供や孫と暮らしているということになるのですが。

武田徹:つまり大家族というのは圧倒的に少ないんですね。

篠原憲文:その通りでして、拡大家族といいますか、三世代で暮らしている人たちは少数派になってきていまして、現在は高齢のご夫婦だけとかが主流になってきていますね。

武田徹:うちもそうだよ。

篠原憲文:そうですね。様々な事情があって子供さんが都会で暮らしていたりするとそうなるのですが。ですので、高齢の方がいらっしゃる世帯半数が、お一人もしくはご夫婦だけなんですね。そうしていきますと、親が年とともに体力が落ちてきて、どうしても片付けというのが億劫になるんですよね。

武田徹:なるよねぇ。

篠原憲文:そうすると物がどんどんと溜まってきてしまうのですが、他にこういう問題もあると思うんです。車の免許がなくてお買い物に出られるのが限られていて、そうすると次に買い物に行けるのはいつになるかなぁということで、一度の買い物の量が増えるんですよね。そして使わない物もつい備えて購入してしまい、賞味期限が切れて何年も経ったということもあるわけですよね。そういったことが重なってゴミ屋敷化してしまうようなこともあるのですが。この社会問題化しつつある実家の片付け問題というのは、約20年前から兆候があったと言われていまして、核家族化が非常に進んでいると言われていた頃には今のこの様相がある程度予測できて。現在も、ある意味では例えば親が100歳で子が80歳の世帯になってくると、どちらも片付けがままならないというのは当然想定できますし、ましてはお一人暮らしでしたら、片付けというのはやはり進まないですよね。

武田徹:うん。

篠原憲文:ここでどうやって片付けていこうかというところなのですが、実家に中々帰れないという子供も多くて、例えばこんな数字があるんです。例えば親御さんが還暦を迎えて、仮に85歳くらいまで暮らしたとして、その間いったいどのぐらい親と子は会えるのだろうかという計算があるのですが、子供たちが実家にいつ帰るかという問いかけに対して、最多回答が年間6日というのが。

武田徹:6日間か。まあお正月とお盆だろうなぁ。

篠原憲文:おっしゃる通りです。お正月とお盆3日ずつなんですね。これ仮に25年間6日ずつで考えると、わずか150日ですね。ということは、いつでも会える気がしているけれども、実は半年ぐらいしか会えないのではないかという計算にもなります。親と子のコミュニケーションが不足したり中々帰ってこられないことがあると、やるぞという時に中々手がつけられない問題になってしまうんです。

武田徹:だからってすぐ片付けてくれって訳にはいかないからなぁ。

篠原憲文:そうなんですよね。実は親の世代と子の世代で決定的に考え方が異なる点があると言われていまして。

武田徹:なんでしょう?

篠原憲文:子供が考える片付けというのは、ある意味でシンプル、物が少ない生き方とか、片付けにしても割と合理的に考えがちなのですが。

武田徹:うん。

篠原憲文:親の世代というのは物がない時代からきていて、物を持っていることこそが豊かさの象徴。

武田徹:全くその通りだね。

篠原憲文:やはり捨てるというのは非常にしづらいんですよね。

武田徹:そうですよね。物を大切にするというのは道徳で習ってきたわけだから、捨てるというのは相当抵抗あるなぁ。

篠原憲文:片付かなくて廊下まで物がいっぱいだとか言うと子供は、なんで捨てないんだと、そこからスタートしてしまうのですが、そうするとにっちもさっちもいかないというか、お互いの考え方が合わないということがあるんですよね。そこで先程ご紹介した、カツオが磯野家を片付ける日という本なんですが、この本でどう片付けていったらスムーズに片付けられるのかということを案内していて、まずこれは気をつけて欲しいということなのですが、親が生きているうちっていうのはある意味物が捨てられなくて、亡くなってから整理したらいいじゃないかと、亡くなってから片付けたらいいよというよくあるパターンなのですが、これが落とし穴なんですよね。親が生きているうちに本人の意思を元に整理してもらうことで捨てると判断ができるわけで、亡くなってしまうと遺品になってしまうので。

武田徹:そうそう。

篠原憲文:以前にも増して捨てづらい。あとは、子供が親の物の片付けをした時に何に困ってるかというアンケートがあるのですが。

武田徹:何に困ってるの?

篠原憲文:写真や手紙に困ってるんですね。

武田徹:それはあるかもしれないなぁ。

篠原憲文:まず若かりし頃のその手紙が出てきたうんまあはてさて困ったと。

武田徹:取っておいたってお亡くなりになっちゃえばもうご本人が見るわけじゃないんだけどね。写真だってそうじゃない、一枚あればいいって感じするよなぁ。

篠原憲文:そうですね。写真は家族と写っているようなものや、ご本人の写真でも親が写っていれば大切な思い出ですが、手紙に関してはご本人以外には整理するのが難しいかも知れないですね。他に子供が困る物の筆頭で上がってくるのは、どうも布団らしいんですよね。

武田徹:なんで困っちゃうの?

篠原憲文:意外と親の世代、実家に行くと布団が何組みもある家が多いそうなのですが、今はこういう大きい物が非常に捨てづらい時代になっていて。

武田徹:お金掛かっちゃうからねぇ。

篠原憲文:もしくはお金を掛けずに渡せるときが年に何回かしかないとか、その周期に合わせて家に帰って来れるのかというところもありますし。

武田徹:だってこの布団だってさ、子供帰ってきて泊まれるように用意しているというのがあるんだよな。

篠原憲文:ですからご実家、古くからの家にはたくさんあるんですよね。

武田徹:一年に6日しか帰ってこなくたって布団がなきゃ困るじゃない。で、用意しちゃうんだよ。

篠原憲文:親心で滞在できるようにということで。

武田徹:本当に、親心ですよこれは。難しいところだよね。

篠原憲文:子供は斯様なわけで親の心子知らずといいますか、お互いギャップが埋まらないようなことがあるようなのですが、この親子の間でどうやって一緒に力を出し合って片付けをしていこうかということなのですが、やはり物があることをよしとする、またはもったいないということで物を大切にする親の目線と、スッキリ生活しようと、どうせ使わないでしょという目線で捨てに入ってしまう子では分かれ道になってしまうので、例えば病気の不安がある時に安全な家だとか、減災、揺れとかで物が落ちてこないように物を減らそうだとか、防犯の観点とか、床に物があれば転倒の可能性もあるわけですし、こういうお互いに共有できるところから一緒に目的やゴールを見つけて生前に整理を進めるというのがいい解決法だといいます。

武田徹:なるほどね。

篠原憲文:親と子が一緒に片付けをするときに、親に言ってはいけない言葉というのがあるそうなんですよね。

武田徹:なんだね?

篠原憲文:第一に挙がってくるのは「いつか使うっていつだ」と。あとは「どうせ使わないんでしょ」というと喧嘩のもとになると言うんですね。あなたのために取っておいてあるんだという親心とぶつかってしまうという。こういった言葉は非常に言ってしまいがちなんですが。

武田徹:(笑)

篠原憲文:「物を残されて困るのは私なんだから」とか「私が片付けてあげているのに」という言葉はよろしくないと。で、最後に通帳や権利書などいきなり財産の話はしてはいけないという注意が書かれていて。

武田徹:なるほど(笑)

篠原憲文:年に何回かしか帰ってこれない中でいきなりそういった話をすると、会えない期間にお互いの不信が募るのではないかということがあるようです。親と子の片付けというのはお互いに共通点を見出しながら、歩み寄りながら進めるということなんですが。実は片付けというのは、片付いている家というのはある意味片付けられる習慣があるからという。

武田徹:まあそうなんだろうね。

篠原憲文:実は正論よりも習慣を優先しようということがあるそうなんです。

武田徹:ふーん。

篠原憲文:どういうことかと言いますと、例えば整理をするのであれば、この世代の考えからすれば仕切りがついていて使いやすい便利な収納グッズやおしゃれな籠みたいなものを用意して片付けようとするのですが、親の世代にとってみたら使い古しのクッキーの缶の方がうまく整理がいくこともあったり、もしくは最新の多機能型掃除機や片付けロボット、スイッチを入れておけば掃除をして勝手に充電してくれる掃除機もあるんです。でも親の世代からしてみたら私は使い慣れた掃除機の方がいいと。子供の目線からしたら「このほうが便利なのに」と思ってしまいがちなのですが、相手の生活習慣に合わせるほうがうまくいくということで、片付けというのはつまり長年の習慣というものを変えずに進めていくのがコツのようですね。あとは親子間でうまくいく片付けの要諦といいますか、捨てるか迷ったら一時保管するというルールを作ることで、幾分スムーズにいくという。

武田徹:ほぉ。

篠原憲文:これはどういうことかというと、捨てる=悪だと親に受け止められてしまうこともありますので、3秒かけて判断がつかない時には一旦保管しようということで妥協点を探るといいようです。

武田徹:なるほどね。

篠原憲文:実はこの一時保管というのは言葉を返すと親が亡くなったら捨ててもいいものということらしいです。子供にとってみたらある意味、親が元気なうちは大事にしておこうと、亡くなられて日が経ってから整理すると、後々が非常にスムーズになるそうです。

武田徹:なるほどね、これも難しい問題だね。私なんか日本の状態がこのままいけるかどうかっていうのは凄く心配なのね。つまり物不足がこれから絶対ないということはないわけだよ。世界情勢見ると人口増えてるでしょう?日本は人口が減ってるんだけどさ。それで石油とかが来なくなったら一体どうなるんだろうと考えた時に、これやっぱり寒くなって電気が来なくなったらどうなるんだろうとか考えるよ。

篠原憲文:そうですよね。

武田徹:そこなんだよ。だったら取っておいたほうがいいんじゃないかと思ってしまいますね。

篠原憲文:おっしゃる通りですよね。やはりそういった考えや理由があって物を大事にしてきていて、そういうところはやはり尊重すべきだという考えが根っこにあって。かといって大災害が起きたらどうするんだとか。

武田徹:そうそう、そういう事も考えちゃうからね。

篠原憲文:ですからやはり一番いいのはお互いに相談し合って妥協点を探りながらやっていくということのようなのですが。

武田徹:皆さんのお宅はどうでしょうか?歳をとればとるほど物を片付けるのが苦になるの。

篠原憲文:そうですね。

武田徹:困るんです。ですから元気なうちにうまく片づける物をちゃんと仕分けできればいいんだけど、なかなかこれが難しいんですよね。考えなければいけない問題なんだろうな。

篠原憲文:少しお考えになってみてはと思います。

武田徹:来年にしようか、みたいなのはだめなんです(笑)

篠原憲文:はい。

武田徹:ゴミ屋敷化、困ったもんでございますけれども、お話しをしてもらいました。

篠原憲文:ありがとうございました。

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