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2016.09.17 おくりびとからのメッセージ「武将の残した辞世の句」

武田徹:今日はどんなお話になりますかね?

篠原憲文:今日は「辞世の句」をテーマに死生観について見ていけたらと思っているのですが。

武田徹:現代で辞世の句をやる人は殆どいないだろうなぁ。

篠原憲文:そうですね。ただ、辞世の句を現代用語に置き換えるなら遺言に近いものかもしれませんね。

武田徹:そういうことかぁ。しかし昔の方はなかなか風流と言うか、教養が高かったね。

篠原憲文:そうですね。

武田徹:特に武士の人なんかは殆ど辞世の句を残して亡くなっていったもんね。

篠原憲文:信州では真田丸が大変話題を集めておりますけれど、真田丸が活躍した時代の武将の皆さんがどんな最期の言葉を残されて旅立たれていったのかをご紹介したいと思っています。真田丸といえば真田家の皆さんということですが、折半から豊臣秀吉さん。

武田徹:「露と落ち露と消えにしわが身かななにはのことも夢のまた夢」という有名なものがありますな。

篠原憲文:そうなんです。素晴らしいですね。まさに夢の中で夢を見ているようだよねと、疾風怒濤といいますか、時代を駆け抜けていって。まぁ、本人からしてみれば本当にあれは現実だったのだろうかということを最期に言葉で残していますね。

武田徹:豊臣秀吉は百姓の出身でしょう。それで天下の第一人者になったんだから、夢のような、本当に現実だったんだろうかって思うよね、きっと。

篠原憲文:現代の我々でさえ思いますし、当時の身分の中からいけばそれこそ夢のようなサクセスストーリーといいますか、近代稀に見る駆け上がり方といいますか、ですよね。

武田徹:自分でも驚いてただろうね、きっと。

篠原憲文:そうですね。場面の描かれ方は様々ですけれども、いろいろな反応があってのことだと思うところですね。

武田徹:でも、最後に露というものを自分に置き換えたあたりが非常に日本人らしいですよね。

篠原憲文:そうですね。実は大谷吉継さんと石田三成さんも辞世の句を残しておりまして。

武田徹:これは知らないねぇ。

篠原憲文:大谷吉継さんの辞世の句が「契りあらば六つのちまたに待てしばしおくれ先立つたがひありとも」と残しておりまして。

武田徹:難しいねぇ。

篠原憲文:大谷さんは周辺の裏切りなどがあって、まさかという形で最期を迎えられるわけですが、最期は自死するんですよね。

武田徹:そうなんですよね。

篠原憲文:で、その中で契りあらばという、来世でも主従の関係は続くという言葉からいきなり始まって、自分は先に逝くけれども来世の六つのちまた、いわゆる六道ですね。生まれ変わる先の六つ分かれている道の真ん中で待ってるよという意味で。

武田徹:なるほど。

篠原憲文:どっちが先に死んでもあの世の底で待っているからということを言い残されていまして。

武田徹:ほぉ~。

篠原憲文:その情景が浮かんできますよね。

武田徹:大谷さんは病気がちでね、ハンセン病とか色々あるんですけど最期は小早川秀秋が裏切って、この小早川の軍勢に大谷さんは追い詰められるんですよね。私、関ケ原行ったけれど大谷さんってすごく人気があるんですよ。いつもお墓に花束が飾られているんですよ。

篠原憲文:志の人というか、友情に熱いというか。

武田徹:そうなんですよ。なんで石田三成に味方したかというと、これも諸説あるんですよ。茶会でね、昔の茶会って小間に入ってそれぞれ濃茶を回し飲みするでしょ?

篠原憲文:はい。

武田徹:自分の後に石田さんがいて、大谷さんがお茶を飲むときに顔から膿が出ちゃって茶の中にボタボタっと入っちゃったのね。

篠原憲文:なるほど。

武田徹:普通、それ嫌じゃない。でも石田さんは見ていたけれど何も感情を表さずにスッとお茶を飲んで回したと。これにえらい感動してね。最初は大谷さんは東軍に味方する為に出世したんだけど、途中で三成の説得で三成側になるんですよね。どうやら友情を感じていたようですね。

篠原憲文:なんといいますか、真田丸の中でも正妻として迎えた大谷の娘さん。

武田徹:そう。信繁のカミさんですな。

篠原憲文:描かれ方としても人望に熱いところがあって、様々教えを請うシーンなんかもあって、そういうのが見て取れるなぁというところですよね。まあ、まさかというところで西軍が破れていったと思うのですが、石田三成さんの残した辞世の句を。

武田徹:どんなんでしょう。

篠原憲文:「筑摩江や 芦間に灯す かがり火と ともに消えゆく 我が身なりけり」要約すると、琵琶湖の北東部にいる自分、これも芦間に燃えているかがり火のようにもうすぐ自分の命も燃え尽きてしまうのかな、という儚げな言葉を残していまして。

武田徹:ふーん。

篠原憲文:辞世の句というのはなかなか難しくて、例えば龍馬さんが暗殺にあったりなんかすると、辞世の句として残すのは難しいですよね。石田三成さんにしても時間がない中で残した言葉なのではないかと言われていて、様々な状況の中でもうすぐ自分の命が燃え尽きてしまうというのを感じながら残した言葉なんですよね。

武田徹:なるほど。三成は結局処刑されますからね。この三成も面白い話があってさ、処刑される前に誰かが青い柿を差し入れたんだってさ。そしたらそんなものを食べると下痢になるから食べないんだよって言ったんだって。だってこれからあなた処刑されるでしょって(笑)で、健康を保つことって大事なんだよって言った言わないっていう話もあるんだよな。

篠原憲文:逸話ですよね。とても面白いですよね。せっかく真田丸のお話をしているので、真田信繁さんの辞世の句というのがあるのですが。

武田徹:彼だって打首覚悟で夏の陣へ出ていったからね。

篠原憲文:亡くなり方という意味では夏の陣を終えて戻るさなかで暗殺に近いような形で亡くなられているそうですので、辞世の句といいますか、無くなる前に何通かやりとりをした手紙の中の一文のようなんですが。

武田徹:なるほど。

篠原憲文:「定めなき浮世にて候へば、一日先は知らざる事に候」現世は浮き沈みもあれば激しい変動の中にあって、一刻先のことは全く分からないという言葉を残されているようですが。

武田徹:うん。

篠原憲文:やはり武将として生きていた方たちというのは、後ろに死を感じながら、自身も相手に死を与える存在でもあるわけで、非常にその中で死生観というか、死の縁に立っているんだと感じます。

武田徹:いつ死ぬか分からない、死が隣り合わせに生きている時代というのは、我々信じられないよな。どういう精神状況なんだろうね。

篠原憲文:そうですね。想像してみても、想像が及ばないところもありますよね。特徴のある辞世の句を残している武将も何人かいて、掻い摘んで紹介したいと思うのですが、私も個人的に好きな方で、上杉謙信さんという方。この方の辞世の句が「四十九年一睡の夢 一期の栄華一盃の酒」

武田徹:分かるような気がするねぇ。

篠原憲文:49年の生涯だったようなんですが、まるで一炊の夢のようであったと。そして様々な活躍をして、その誉れを得た方なんですが、その栄華は一時のものであって、その一杯の酒のようであると。

武田徹:うーん。スッと飲み干せば終わりと(笑)

篠原憲文:何というか、重いといいますか、短い文章から感じられる沢山の想いがあって感じる部分もあるんですが。実はこの辞世の句というのは海外でも紹介されていまして。

武田徹:ほぉ。

篠原憲文:近年Japanese Death Poemsというそうなんですが。

武田徹:Death Poemsかぁ(笑)死詩だ。

篠原憲文:これはJapanese Death Poemsという海外の書籍が発売されまして、Amazonで日本でも買えるんですが、戦国時代から明治、幕末、または近代でも辞世の句として残している言葉から、日本人の死というものを翻訳して話題を集めているようです。辞世の句というのは日本人の独特な死生観というものがありまして、これは現代に生きる私達も何か学ぶところがあるのではないかと思いますね。

武田徹:なるほど。いままでの辞世の句を聞いていると、どの武将にも無常観というものがあるような気がするね。

篠原憲文:そうですね、一刻先のことは分からず常に流転しているというか。まぁ、辞世の句には様々な分類があるようなんですが、「願はくは 花のもとにて 春死なむ その如月(きさらぎ)の 望月の頃」このような自然に還りたいというような、消えてなくなれたらというような、美しさすら感じるような言葉もあれば、未練タラタラなものがあったり。

武田徹:あるんかね?

篠原憲文:例えば、本多忠勝。

武田徹:はいはい。

篠原憲文:「死にともな 嗚呼死にともな 死にともな 深きご恩の君を思えば」という辞世の句なんですが。

武田徹:死にともなって、死にたくないってこと?

篠原憲文:そうなんです。本多忠勝さんが亡くなったのは1610年なんですが、徳川家康が存命中だった時代で、生前中に徳川家康さんから受けた御恩を感じるならば、自分が先立つのは申し訳がないという。まぁその数年後に家康さんも亡くなられているんですが。その現世での未練というものが非常に強く感じられると。

武田徹:しかもその未練は自分の為じゃないのが面白いよね。主君の家康の為に、家康さんより早く死ぬなんて申し訳ないというね。

篠原憲文:来世でも君を守ろうなんて言う言葉をのこしていたり、何というか忠義を感じる方ですよね。

武田徹:昔の方は主君が亡くなれば自分も亡くなるという。乃木希典さんがそうだよね。明治天皇が亡くなったから自死するわけだから。そう考えると、日本って面白い国だねぇ。

篠原憲文:そうですね。日本の死から感じるものというのはありますよね。ちょっと最後に徳川家康の辞世の句を。

武田徹:はいはい。

篠原憲文:「うれしやと 二度(ふたたび)さめて ひとねむり 浮世の夢は 暁の空」という。家康さんは非常に成し得た、万感の思いを持って亡くなられていて、嬉しいと思ってその嬉しさで眠りから覚めるんですね。で、夢だったのか、もう一眠りしようと。現実の夢は夜明け前なんだということで、自分が天下の大名を成し得て世の中の夜明けはこれからやってくるぞと。万感の思いがあったようですね。

武田徹:なるほどね。色々な辞世の句をご紹介していただきました。我々も辞世の句を書いてみようかな?

篠原憲文:まあ、家族向けに何か言葉を残したらいいのではないかと思います。

武田徹:はい。今日は篠原さんに辞世の句についてお話をしていただきました。

篠原憲文:ありがとうございました。 

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