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【自宅を使わないお葬式専門】

おくりびとからのメッセージ  ~霊柩車の歴史~

武田徹: 今、どうでしょう?おくりびとというのは、結構県内にも増えたんでございますか?

篠原憲文: そうですね、県内にも沢山の会社の参入があって、今パッと挙がるだけでも3、4社ぐらい、いわゆる納棺師派遣をしていらっしゃる会社がありますかね。

武田徹: なるほど。で、今日は私も興味深いのだけれども「霊柩車」のお話。

篠原憲文: はい。

武田徹: 私はまだ霊柩車乗ったことがないの。

篠原憲文: 意外だったのですが、そうなんですよね。武田先生はご長男では。

武田徹: ないです。三男。

篠原憲文: あっ、三男なんですね。

武田徹: だから乗れないんだな(笑)

篠原憲文: 私も次男なので、助手席には乗ったことがないという。

武田徹: でも運転したことはある。

篠原憲文: 運転することは度々あったのですけれども(笑)

武田徹:例えば葬祭センターだとか、そういうことをやっておられる方は大体霊柩車をお持ちなの?

篠原憲文: そうですね、最近の会社はほぼ持っていると思います。

武田徹: ほぉ。

篠原憲文: 唯一例外的なのは東京で、東京の葬儀屋さんはあまり霊柩車を持っていなくて。

武田徹: へえー。

篠原憲文: なぜ持たないのかと言うと、持つ必要がない。

武田徹: どうして?

篠原憲文: いわゆる霊柩車の専門業者が十分にあるので。

武田徹: なるほど。

篠原憲文: 自社で態々お金出して霊柩車を用意しなくても、必要なときだけ呼べて。

武田徹: そういうことか。さあ、今日は霊柩車のお話ということで、色々質問しますけれどもいいですか?

篠原憲文: もちろんです。

武田徹:まず、霊柩車の運転をするには特別な免許は必要なの?

篠原憲文: 何となく二種免許が必要なイメージがあるのですが。

武田徹: うん。

篠原憲文: 実際に青ナンバーですけれども、通常の一種免許でいいです。ですので運転をする為に特別な免許は必要ないですね。

武田徹: では私も運転できるのですか?

篠原憲文: はい。もちろんです。

武田徹: ああ、そうなんだ。で、霊柩車を買うときに、自分たちでこういう模様にしてくれとか、色々発注するのですか?もう出来た物がある訳?

篠原憲文: 両方ありますね。フルカスタマイズで1からこうしてほしいという要望でも勿論作れますし、出来合いの物と言ったらアレですが、例えば霊柩車と並んで寝台車などと言いますけれども。

武田徹: うん。寝台車とかもあるもんね。

篠原憲文: 病院などからご自宅へ連れて行ったりする寝台車は割と既に決まった形があって、出来合いの物を購入することが多いです。

武田徹: 出来合いが多いと。

篠原憲文: はい。

武田徹: なるほど。何cc以上とか決まっているんですか?

篠原憲文: 実は結構いい質問で、実は普通自動車以外の自動車もあって。

武田徹: ほぉ。

篠原憲文: これは九州で本当に僅かに見られるのですが、軽自動車の霊柩車というのがあるんですよ。

武田徹: 軽自動車の霊柩車。じゃあ小さいね。

篠原憲文: ええ。非常に小さいです。人員も運転者以外は1人しか乗れないのですが、 660ccですね。

武田徹: あら、そんなに小さいやつもあるんだ。

篠原憲文: そして黒ナンバーで。これは全国であまり走っていなくて、軽霊柩という非常に特殊なもので。

武田徹: じゃあ、普通は乗用車タイプというか。

篠原憲文: そうですね、通常はセダン型の車を改造することが多かったり。

武田徹: うーん。

篠原憲文: もしくは先程の寝台車はミニバンとかバン型を改造することが多いと思いますね。

武田徹: 何人乗りが多いんですか?亡くなった方も人数に入る訳?

篠原憲文:それもいい質問ですね(笑)

武田徹: (笑)

篠原憲文: 実は、亡くなった方は人数としては数えなくて。

武田徹: あ、じゃあ何人入れてもいいの?

篠原憲文: 実は手荷物扱いといいますか、正式には貨物で、霊柩事業者は等しくトラック業界に所属していて。

武田徹: トラック業界かい。

篠原憲文: はい。貨物業の許可を取るという。

武田徹: 死にたかないねぇ、荷物になっちゃう訳。そうすると3人4人でもいい訳ですか?

篠原憲文: しかし過積載になるので。

武田徹: ああ、そうか。積載人員は1名って決まってんだ。

篠原憲文: つまり2人同時に運んではいけなくて、 1人までしか運んではいけないと法律で決まっていて。

武田徹: で、その1人を除いてそれぞれの種類によって違うんだ、人数は。

篠原憲文: そうですね。以前よく見られた宮型の霊柩車でいくと、積荷の関係といいますか、そもそも非常に重くて。

武田徹: はいはい。

篠原憲文: 運転手以外には通常助手席の1名しか座席の確保が難しいと。

武田徹: うん。

篠原憲文: 最近よく見られる洋型、リムジン型といえばイメージが付き易いのですが、これでいくと後ろを伸ばす格好になるので大体運転手の他に4名ぐらいというのがありますし。

武田徹: なるほど。

篠原憲文: これも実はレアなケースなのですが、バス型の霊柩車というのが。

武田徹: あ、そういうのもあるの?

篠原憲文: ええ、ありますね。

武田徹: 見たことないねぇ。

篠原憲文: 私自身も実は以前にバス型の霊柩車の申請をして取得したこともあったのですが、バス型で行くと20数名だとか。

武田徹: あ、そんなに乗れるんだ。

篠原憲文: 一緒に斎場まで行けるみたいな物もありますね。

武田徹: そういうことかぁ。これも流行り廃りというか、今宮型というのは日本のお宮みたいな形とリムジン型、その時代によって流行というのはあるのですか?

篠原憲文: あるんですよね。実はその流行の先端を走っている方がいまして。

武田徹: ほぉほぉ。

篠原憲文: それが実は天皇家なんですね。

武田徹: ああ、そういうことですか。

篠原憲文: 例えば今、宮型の霊柩車あまり見なくなりましたよね。

武田徹: ああ、そうだよね。

篠原憲文: これは実を言いますと、1989年に昭和天皇崩御の際までに主流だったのが宮型の霊柩車なのですが、今上天皇が洋型の霊柩車を事前に準備しておりまして。

武田徹:そうだったか。へぇー。

篠原憲文: そこで洋型の霊柩車が大体的に世の中に知らしめられて。また時代的にも亡くなる人が増えてきて、段々きらびやかな宮型の霊柩車が沢山走っているのも配慮が必要みたいな風潮の中にも。

武田徹: なるほど、街の景観という問題が。

篠原憲文: そうなんですね。近年だと宮型霊柩車の乗り入れ禁止なんていう所も。

武田徹: 出てきてるの?

篠原憲文: もう200ヶ所以上ですね。

武田徹: どういう所が禁止するんですか?

篠原憲文: これは自治体ですね。例えば火葬場の運営といえば自治体、単独で運営する所もあれば、地方に行けば広域連合みたいな形で管理するのですが。

武田徹: ほぉ。

篠原憲文: そこで都市部では全く見られないのですよ、宮型霊柩車は。

武田徹: そうなんだ。

篠原憲文: 宮型霊柩車も流行の先取りというか、一番手だと言われている人が実は武田先生の母校を作られた大隈重信(おおくましげのぶ)さんが。

武田徹: あ、宮型の霊柩車をご自分が亡くなられた時に使ったの?

篠原憲文: そうなんです。宮型の走りは実は大隈重信さんのお葬儀の時で。

武田徹: へぇー、これも知られていないねぇ。

篠原憲文: 1922年の大変な役職を勤められた大隈重信さんが亡くなられた時には国葬で、国民葬という形で現在の日比谷公園で行われたのですね。

武田徹: ほぉ。

篠原憲文: この時は30万人ぐらいが集まられた非常に大規模なお葬式だったのですが、ここで使われた霊柩車が宮型霊柩車の原型と言われていて、小型のトラックの上に白木の輿を乗せて。

武田徹: ほぉ。

篠原憲文: そこに棺を収められた、これが初めての宮型霊柩車ということで。

武田徹: そういうことなんだ。面白いもんですねぇ。それをやはり真似る訳な、その後は。

篠原憲文: そうなんです。その後は宮型霊柩車が時代を象徴する、非常に懇ろというか、丁寧な送り方だということで。

武田徹: そういうことだ。

篠原憲文: その宮型霊柩車、欠かせない会社がありまして。

武田徹: ほぉ。

篠原憲文: 米津工房というのですけれども。

武田徹: 知らない。米津工房?

篠原憲文: 1951年に、米津工房という神奈川県の会社だったと思うのですが、時代と共に実は2002年に破産してしまっていて。

武田徹: あら、そうですか。

篠原憲文: で、その時のメンバーが今のいわゆる霊柩車を作っていて。

武田徹: ふーん。

篠原憲文: 日本の霊柩車の歴史を辿ると、その米津工房にあたるのですが。

武田徹: 米津工房、覚えておきましょう。

篠原憲文: 非常にマニアックな情報ですが。

武田徹: うん。

篠原憲文: この米津工房が手掛けた宮型の霊柩車は、ある時期に関して言えば国内車100%の時期もあったようですし。

武田徹: あ、そうかね。

篠原憲文: 2000年代初頭でもシェアが6、7割ぐらいだと。

武田徹: 凄いねぇ。これがどうして廃れちゃったの?

篠原憲文: 宮型の霊柩車が廃れていくのと同時に見られなくなってきたということですね。

武田徹: そういうことか。リムジン型にも進出していけばよかったのにね。

篠原憲文: まあ色々と経緯があったのだと思うのですが。象徴的な宮型霊柩車を作るその会社が無くなりまして、近現代でいけば洋型の霊柩車が主流で、いわばあれは走る文化遺産の様な。

武田徹: そんな感じだよねぇ。ということは宮型は正に大正、昭和の象徴的な霊柩車ってことになるんだね。

篠原憲文: 仰る通りですね。ですからもう50年もすれば歴史の教科書に載る可能性すらありますよね。

武田徹: そうだよね。で、もう1つ質問。霊柩車で旅していいの?

篠原憲文: 霊柩車で(笑)緑ナンバーですが、もちろん旅をすることはできます。

武田徹: おぉー。これ、旅したら結構目立つわなぁ。

篠原憲文: まぁ。

武田徹: 賊に襲われることはないんじゃないの?

篠原憲文:本当にそうですね。実は霊柩車を運転していると気づくことがあって。

武田徹: どんなこと?

篠原憲文: 実は私、以前の会社で一番最初に買い求めたのが宮型の霊柩車で、やはり米津工房なのですが、宮型霊柩車を運転していますと、対向車が避けてくれるんですよね。

武田徹: (笑)

篠原憲文: 救急車ではないのだけれども、非常に走りやすいというのがあって。

武田徹: いいねぇ、それ。

篠原憲文: まぁ旅行…(笑)市としてね、そういう用途で使うべきだとは思いますけれども、 特に規則はないかと。

武田徹: 規則はない。なるほど。で、何割くらい、普通の車、車種によって値段あるんだけど、何割増しぐらいになるもんかね?

篠原憲文: 宮型霊柩車の時代では一台作っておよそ2千万円だったんですね。

武田徹: おぉ~。高級車だねぇ。

篠原憲文: で、米津工房のやり方なのですが、上の宮型はある意味ずっと使えるんですよね。

武田徹: ほぉ。

篠原憲文: ただ、下のベースになっている車は10年単位で変えるので。

武田徹: そういうことかぁ。

篠原憲文: なのでベース車両は変えて上は乗せ変えるということをしていたようですけれども。

武田徹: うん。それは非常にいいですよね。もったいない精神だね。

篠原憲文: ええ。ですので2代目以降になると少し金額が減るようですが。

武田徹: うん。

篠原憲文: で、今走っているいわゆる一般的な形の霊柩車でいくと、新車で購入して改造して5、600万円、高くても700万円ぐらいですね。

武田徹: あ、じゃあ結構安くはなったんだ。

篠原憲文: そうですね。これが新車のバン型の相場でしょうか。

武田徹: なるほど。

篠原憲文: そしてリムジン型になると1000万円から1500万円ぐらいだと。

武田徹: そういうことですか。結構高価な物でございますなぁ。

篠原憲文: そうですね。

武田徹: で、我々は車検というものがあるよね?車検はあるんですか?通常の車検と一緒なの?

篠原憲文: 事業用貨物の車検のルールに従うので、法定の1年の車検というのと、加えて3ヶ月ごとに点検する必要があるので。

武田徹: ほぉ。

篠原憲文: 乗る距離はある意味ではたかが知れていまして、斎場もしくは自宅から火葬場へ行くだけですので距離としては全然乗らないのですが、3ヶ月ごとに全ての点検をしているので。

武田徹: なんでそんなに厳しい規則があるのかしら?やっぱり遺体を乗せているということがあるのかなぁ。

篠原憲文: でも現在荷物を運んでいらっしゃるヤマトさんや佐川さんの車は3ヶ月ごとに見てやっているので。

武田徹: やってるんだ。

篠原憲文: 同じ様にそのルールに則ればまず問題は起きないということなんですかね。

武田徹: なるほど。色々質問しましたが、それ以外に何かありますか?

篠原憲文: そうですね。例えば、霊柩車といえば車の形が思い浮かぶのですが、実はそれよりも先に登場した霊柩車として、霊柩列車というものがあるのです。

武田徹: 列車もあったの?知らないなぁ。

篠原憲文: これも、霊柩の列車を設えるというのは車よりも。

武田徹: 高いわな。

篠原憲文: 高いですよね。では誰がこれを利用したのかというと、やはり天皇家なんですね。

武田徹: ふーん。

篠原憲文: そして霊柩列車がなぜ必要だったかということなんですが、当時皇室の皆さんは明治、大正、昭和と東京で暮らしていますよね。

武田徹: はい。

篠原憲文: ただ、明治天皇の時代、それから大正天皇の時代のお墓は京都の伏見にあったんですね。

武田徹:そうか。

篠原憲文: ですから、東京で仮に亡くなられたとして、 お墓まで運ぶ必要があるのですね。

武田徹: はいはい。

篠原憲文: この時にどう運ぶのかというところで、実は明治時代に東海道本線が通ったんです。

武田徹: うん。

篠原憲文: で、その東海道本線を使って京都まで乗り継げる形で、霊柩用の電車。これは実は1回か2回しか使われていないのですが、いわゆる5両車両で。

武田徹: ふーん。

篠原憲文: で、明治の時代に初めて列車型霊柩車に乗った方が、英照皇太后(えいしょうこうたいこう)といいまして、明治天皇のお母さんで。

武田徹: ほぉ、なるほどねぇ。

篠原憲文: で、この霊柩の列車は3台作られていまして、一番最初が明治天皇のお母さん、2台目が明治天皇で。

武田徹: はいはい。

篠原憲文: で、最後大正天皇までが京都の伏見の所だったのですね。

武田徹: そういうことなんだ。皆さん霊柩車について、今日は面白いことを聞けたのではないでしょうか。

篠原憲文: 大分マイナーな話で少し恐縮ですけれども。

武田徹: でも皆お世話になるよ、最終的には。

篠原憲文: そうですね。

武田徹: ということで、今日は興味深い霊柩車のお話をしていただきまして。これお葬儀をされる方はやっぱり霊柩車を地方の場合は購入される業者が非常に多いと、こういうことですな。

篠原憲文: そうですね、皆さん自前で持ってやっていますね。中々大変かと思いますが。

武田徹: はい。おくりびとからのメッセージ、本日は霊柩車にスポットを当てました。

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