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おくりびとからのメッセージ  ~時代の変化と墓じまい~

武田徹:最近はお墓や終活どうするとか、これも日本が高齢化社会に突入した反映だとは思うのですが。

篠原憲文:そうですね。

武田徹:随分、お寺さんも含めて色々問題あるようだね。

篠原憲文:本当に多くの人が悩んでいるという声をよく耳にするので、本日はお墓の話をしたいと思っていまして。お墓については本当に色々な方が内面を持っていまして、今現在お墓を持っているという人もお墓を持っていない人も悩んでいますし、更に墓地を所有されるお寺さんや自治体でも実は悩んでいて。実はお墓をめぐる所々で本当に色々な人が悩みを持っているので、本日はイマドキのお墓事情などのお話をしたいと思いまして。

武田徹:はいはい。

篠原憲文:先程のお墓を持っている人も悩んでいるというのは、一体何に悩んでいるのかというところなのですが、多くの人が後継者の問題で。

武田徹:そうなんだよね。

篠原憲文:後は、子供に迷惑を掛けたくないという。ご自身もお墓に関わる親戚付き合いやお寺やお金などで苦労されてきた中で、お墓に纏わる色々を承継するにあたってことに悩んでいる方がいたり。

武田徹:うん。

篠原憲文:何故お墓はこんなに悩みが出てきてしまうのか、実は根っこになる根本がありまして。

武田徹:なんでしょう?

篠原憲文:お墓といったときに、先祖代々のお墓などあるのですが、この先祖代々というのがそもそも普通の家で大体3代、4代、古い家でも4、5代がいいところでして。遡ってみても、明治辺りがお家のお墓として祭っている最初の人で、江戸辺りになると、当時は激動の時代でしたから過去帳が中々辿れなくなっているなんてこともありますし、お寺でも追跡が難しくなったりしまして。

で、今日(こんにち)のお墓といいますと、明治ぐらいが1つの分岐点というところがあったのですが、ちなみに明治17年の法律の一文に、遺骨もしくは遺体は墓地に埋葬すべしという文章が見当たるのですが、つまり明治17年ぐらいというのは、実は墓地以外の様々な所に埋葬されていたのですね。

武田徹:そうだよね。

篠原憲文:そんなことがあったから、墓地に埋葬するようにと明記されて、法律化していく訳なんですね。

ですので、前もお便りいただいたことがあったのですが、河原沿いに石塔があるんだけど、なんだろう?という。もしかしたら明治17年より前とか、もしくは法律として発布されてもその直後からなる訳ではないので。

武田徹:そうですよ、時間が掛かるからね。

篠原憲文:そうなんですよね。なのでこれまでそうだったからという事でそこに埋葬されてきた跡かもしれないですし、ですからお墓は色々な所にあった訳なのですね。

で、これが法律として明文化されてというと、昭和23年にですね。

武田徹:戦後だな。

篠原憲文:戦後間もないこの時期に、現在は墓埋法なんて言われるのですけれども、お墓や埋葬にかかる法律ということで。

武田徹:ほぉ。

篠原憲文:お墓と埋葬の法律ですね。これが今日(こんにち)も私達が法律として従っている原型なんですね。

で、条文も少しずつ年々変わってきて、平成になってからも少しずつ更新されてきている物を今日も使っているのですけれども。

やはり戦後間もなくの、まだ車もそんなに走っていない、鉄道も東海道を走って数年みたいな時代にですね、その頃規定したお墓の法律と現在を生きる私達だと多くのことが変わりましたよね。

武田徹:はい。

篠原憲文:例えば江戸の頃で言ったら、日本人は人口三千万人前後だと言われていますが。

武田徹:そうだね。

篠原憲文:これは明治から平成までの間に人口が激増して。

武田徹:はい。

篠原憲文:一億二千万、三千万という時代が来ましたよね。人口が爆発的に増えて、更に家という物の在り方が、民法で家制度というものが明治時代にできましたが、家制度というのはお墓の承継についてもある程度規定がされていたのですね。

その中でですね、基本的にお墓というのは長男が継ぎなさい。

武田徹:う~ん。

篠原憲文:二男以降の人はじゃあどうするかというと、新たに墓を作りなさいと、これがお墓の基本形なんですね。お墓を継ぐのは長男のみなんですね。

で、後は分家としてお墓を作っていくのですが、これはつまりねずみ算のように、お墓というものは増え続けてしまう。

武田徹:増えちゃうよねぇ、当然。

篠原憲文:で、人口が爆発的に増えていた時代というのはそれでも回ってきていたんです。これが限りが出てくるのが2006年。

武田徹:うーん。

篠原憲文:この時にいわゆる日本人の人口がピークを迎えて。

武田徹:なるほど。

篠原憲文:いわゆる出生率が1.何%になりました、という人口が下り坂に入った時なのですが、つまりこれまでドンドンと増えてきたお墓が、そこを転機にしてどうなったかというところなのですが。

例えば現在で出生率が1.何%という時代でいくと、今現在お墓があって、例えば家には男の子が2人いるから大丈夫だよという家があったとしても、その長男が結婚する相手というのが、統計で見ると1人娘の可能性、もしくは姉妹の長女と結婚する可能性が二分の一とかですね。ということは、その長男は跡継ぎなんだけども、面倒を見るお墓が2つになる可能性がある。

武田徹:なるほどぉ。

篠原憲文:つまり人口が減ってくると、自分が見なきゃいけないお墓が増えるということなんですね。

で、これで今お墓を持っている人が困っているという根っこには、人口が減ってきてお墓を支える人数も減ってきたという。

武田徹:うん。

篠原憲文:つまり墓じまい待ったなしという状況が1つあるということですね。

武田徹:はい。

篠原憲文:この墓じまい待ったなしになると、先程お話したお寺も困ってくる訳ですね。

武田徹:そういうことだね。

篠原憲文:これはある意味、お墓を失うということは檀家を失うに近いところがありますね。日本人というのは1年の内に通常で4回お墓参りをすると言われるのですね。

武田徹:明後日。

篠原憲文:そうですね。彼岸に。春と秋と。そして夏のお盆ですね。

武田徹:うん。

篠原憲文:それから命日がありますから、日本人は通常で4回お墓参りをすると言われるのですが、これ来なくなってしまったら、やはりお寺との付き合いも希薄になりますし。

武田徹:当然なるよね。

篠原憲文:そうするとそれこそ法事で会うか、葬儀で会うかという世界ですから、やはりお寺としてもお墓を残しておきたいという思いがある訳ですよね。これでお墓の問題でお寺も困っていると。

他にもお墓に困っている人がいて、それが起こる根っこというのが、人口が流動化にあるのですね。

武田徹:うーん、これもねぇ。

篠原憲文:例えば昔は親も子供も孫も同じ所で生まれて、同じ所で生活して一生を終えるということが割とよく見られたのですね。人の移動が少なかったので。そんなに遠くに行けないですから、歩いてというのをベースとしてる生活で。

現代のような自動車で高速道路に乗ってだとか、新幹線に乗ってという時代になると、例えばお墓は長野にあるのだけれども子供は海外にいるとか。

武田徹:いや、多いですよ。

篠原憲文:多いですよね。東京ならまだいいんだけどもという。

武田徹:まだいいんだけどもね。

篠原憲文:やはりこうなるとお墓を守れないという事態が生まれてきますよね。
先程の年4回のお墓参りも危うい訳ですよね。

ですからお墓の問題というと、大きくこの2つですね。

武田徹:うん。

篠原憲文:人が流動化しているのでお墓を守りづらくなっているということと、人口が減ってきてしまって、お墓を守っていく人数も減ってきているので、縮小局面に入っていって様々歪が出ているということですね。

ですから、日本国民総じて皆が何らか悩む時代になってきたということですね。

そしてお墓を持っていないという人達に関しては、持ってる人の苦労も見ているし、後はこういうこともありますね、子供が生まれなかったから夫婦2人なんだけれども、お墓を持たなきゃいけないけれど誰が見ていくんだろう?という、そうするとお墓をそもそも作るべきなんだろうか?という。

武田徹:見る人いないもんね。

篠原憲文:そうなんです。

武田徹:ご夫妻がいなくなった後は誰もいないんだから。

篠原憲文:ええ、そうなんです。それで今正に、じゃあどうすればいいんだ?と、これからのお墓というのはどうあるべきなのかというのが、今日的な社会問題になっているのですね。

一応回答という意味ではいくつか選択肢というのが出てきていて。

武田徹:うん。

篠原憲文:継ぎ手を必要としない形式のお墓が非常に増えてきているのですが、実はこの継ぎ手を必要としないお墓もですね、よく一口に永代供養墓という。

武田徹:ああ、よく言いますな。

篠原憲文:永年に渡って供養されると。で、基本的に集合している所で、マンションを借りるようなイメージですね。

武田徹:そうですね、ええ。

篠原憲文:まとめて拝んでもらえるので基本的に個別のお墓の掃除や管理やらをしなくても、ということなんですが。

武田徹:共同墓地みたいなものだよね?

篠原憲文:そうですね。これも実はですね、一口に永代供養といっても様々な形があって、非常に分類が有象無象ありまして。

武田徹:ふーん。

篠原憲文:管理費が掛かる所もあれば掛からない所があったり、もしくは区画を何年単位とかで買う所があったり、最初から合祀されるような形があったり、実は非常に様々なんですね。

で、今正に様々な選択肢が出てきていて、色々なお困りに対して解決策が生まれてきている最中なんですけれども。

武田徹:うーん。

篠原憲文:例えば先般からご案内してきた散骨とか、お墓を持たない生き方みたいなのもありますし。

これが大きく世の中に周知され始めたのは千の風になってという、秋川さんが歌われた。

武田徹:はいはい、歌ってるね。新井満さんが作曲したんだよな。

篠原憲文:あの歌が紅白歌合戦とかで沢山歌われて、耳に入るようになって、遺骨のあり方、骨の在り方というかですね、この考え方に違いが生じてきて、その分岐点になるのではないかと思っているのですが。

やはり散骨とか、もしくは樹木葬みたいな、桜の下でという桜葬とか、もしくは宇宙葬ということで最後は宇宙へとかですね、実に様々多様化してきていて。

また、それを受け入れられるような土壌が育ってきた。

武田徹:そうですよね。

篠原憲文:ですので本当に今時代の過渡期にあるなぁというのは都度感じているところなんですけれども。

葬送の文化というのは、今正に変化の現在進行形にあるなぁというのを感じているところなんですね。

武田徹:いやぁでも今のお話を聞いてると、本当に社会の移り変わりと共にお墓の在り方みたいな、本当に激動の時期という感じしますねぇ。

篠原憲文:そうなんですよね。

武田徹:うん。

篠原憲文:それでお墓に悩んでいる人の助けになるようなことをしたいという思いもあってですね、実は先月も実はこういうことで悩んでいましてというお問い合わせをいただいたことがあったのですが、実は私の元に寄せられる相談ってお墓で悩んでいる方が結構いてですね。

武田徹:多いんだね。

篠原憲文:で、もし困ってる人がいたら是非お便り寄せてもらったらなぁと思っているのですが。

武田徹:なるほど。

篠原憲文:今転換点としては、かつて家として弔いを考えるというのが常でしたから、菩提寺の在り方とか、墓の在り方とか、法事というものを以て家の集まりをしたり、この家としての弔いから徐々に個人としての弔いに移り変わってきていたり。

また、供養の形も新しいものが求められているというか、生活の拠点が1ヶ所に集中してそこでずっと生活をしてるというのも難しい時代ですから。先般そのポータブルな生き方というのがありましたけれども。

武田徹:うん。

篠原憲文:その中ではですね、骨のある場所、お墓のある場所というのはつまり故郷なんですよね。

ですからこの故郷の在り方というのが今本当に。

武田徹:問われるっていうか、どういう風にしたらいいかってことだよね?

篠原憲文:そうなんですね。

武田徹:という訳で、問題提起が色々ございましたけれどもね、皆さんも深刻な方もおられるかもしれませんけれども、今そういう状況にあるということが分かっていただけたらと思います。

いつものように、篠原憲文さんのお話し、ありがとうございました。

篠原憲文:ありがとうございました。

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