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2018.10.20 おくりびとからのメッセージ  「ノーベル博士と3通の遺言書」

武田徹: さて、今日はノーベル賞でおなじみのノーベル博士が遺言をしたんですか。

篠原憲文: そうですね、日本のテーマは「ノーベル博士と3通の遺言書」という話で。

武田徹: 遺言書書いてんだ。

篠原憲文: そうですね。

武田徹: 1通はノーベル賞のあれかね?

篠原憲文:正にそうなんですが、実はノーベル賞は先日の10月の1日に日本人の方も受賞されましたけれども。

武田徹: はいはい。

篠原憲文: 毎年この時期に受賞者が発表になっておりますが、このノーベル賞を作られた、いわゆるノーベル博士。

武田徹: うん。

篠原憲文: アルフレッド・ノーベルさんと仰るのですが、いわゆるダイナマイトの発明で知られるスウェーデンの発明家の方なのですが、世の中にダイナマイトの発明も含めて350という特許を取得して。

武田徹: そんなに特許持ってるんだね。

篠原憲文: そうですね。偉大な発明家の方なのですが、この方がノーベル賞創設に至った様々なストーリーがあるのですが、今日は特にその中心となった「3通の遺言書」についてご紹介したいと思いまして。

武田徹: はい。

篠原憲文: 遺言とか自分の意思というもの、自分が亡くなった後にどうするかといったことを書き記すというのは重要なことではあるのですが。

ノーベルさん自身は1900年頃には既にお亡くなりになっておられたんですが、自分の意思を3つの遺言書で残していらして。で、遺言書を残すきっかけになった大きな出来事がありまして、ノーベルさんが亡くなられる10年前ぐらいの出来事なのですが、ノーベルさんが50代の頃にお兄さんがフランスを旅行中に命を落とされて、亡くなってしまう事故があったのですが。

武田徹: なるほど。

篠原憲文: その時に、お兄さんが亡くなったけれども誤報としてノーベルさんが亡くなったんだというニュースが。

武田徹: 誤報で、じゃあでかいニュースだねえ。

篠原憲文: あの大富豪の発明家のノーベルさんが亡くなったという誤報が出るのですが、このときの紹介のされ方が非常にセンセーショナルで、いわゆる”死の商人死す”というタイトルで新聞に紹介されるんですね。

武田徹: 戦争でダイナマイト使われるからこう、死の商人ということで。

篠原憲文: そうですね。時代背景からすると例えば発掘とか鉱山の現場とか、いわゆる土木工事の現場で使ってはいたのですが、戦争の兵器として用いられて、ノーベル博士について新聞での紹介のされ方が、”可能な限り最短時間でかつてないほど大勢の人間を殺害する方法を発見し、そうして富を築いた人物が昨日死亡したんです”そうやって紹介されるんですね。

これを目の当たりにしたノーベルさんは大きな衝撃を受けまして。

武田徹: うん。

篠原憲文: その記事が出た翌年に1通目の遺言書を書くんですね。

武田徹: うーん。

篠原憲文: 彼自身にはそんなつもりはなかったと、世の中の平和に貢献したいとか、もしくは世界の発展に貢献したい気持ちがあって取り組んでいたという想いを彼は1通目の遺言書に記したと言われてるのですが、ただ1通目の遺言書は後ほど破棄されていて、内容が定かでない部分があるのですが。

そこから4年後に2通目の遺言書が書かれるのですが、そこには学校への寄付を中心に、それからご親戚の方とかね、お世話になった人への遺贈というか、この人達にいくらずつ渡してくれというのが書かれていたのですが。

そしてそこから思い直して最後に書かれた遺言書にノーベル賞創設について書かれたんですが、遺言書3通認めるその中で、今私達にとっても知恵になるような知識があるのですが、人に対して相続をするとその自然人、人は当然寿命があり亡くなりますよね。ただ、ノーベルさんは最後まで後世に渡って残していく、世界の発展に貢献した人を称するようなお金を作りたいという想いがあって、いわゆる法人というか、寄金を作る訳です。

武田徹: うん。

篠原憲文: なぜなら、寿命がない団体、組織ですから。

武田徹: そうですよね、法人はね。

篠原憲文: そこでノーベルさんが考えられたのが、財産の大部分を当時の有価証券に変えまして。

武田徹: うん。

篠原憲文: より安定的なものにするようにと書き記してるのですが、そこで得られた利子を毎年5等分にして、それぞれの分野で輝かしい成績を修めた者に渡してくれと。それで生まれたのが物理学賞や科学賞といった5つの賞だったのですが。そうすることによって今日まで100年以上続いているこのノーベル賞が続けられるようになったそう。

武田徹: なるほどね。

篠原憲文: また、誰がそれを評して誰が授与すべきか。

武田徹: そこまでちゃんと書いてあるの?

篠原憲文: そこも記されていて。で、これも誰々さんにお願いしますではなくて、例えば物理学や科学省についてはスウェーデンの法律科学アカデミー。

武田徹: はいはい。

篠原憲文: 学校で決めてくれと。例えば医学生理学については研究所があったのですが、そこで決めてくれというような形で。いわゆる人ではなく、印鑑や組織、また学校という所に決めるように依頼をしたということなんですね。

実に様々な学ぶ点がある遺言書ではあるのですが、印象的なノーベルさんの言葉がありまして。

武田徹: ほぉ。

篠原憲文: ノーベルさんは子供がいなかったんです。そして生涯独身でいらっしゃったのですが。

武田徹: ああそうだったんだ。

篠原憲文: その中で、子供がいなかったからこそ寄金を作って世界平和だとか、世界の発展に貢献した人にという想いになったのかもしれないのですが、ノーベルさんの言葉で、「遺産を相続させることはできるけれども、幸福は相続できない」と。例えば親が残した遺産というのを仮に子供に相続したとしても、財産は渡せるけれども幸せは渡せない。

その中で考えに考えて3回書き直しを行なって、そして生まれたのがノーベル賞だった訳なのですが、今日的にも実に教訓に富んでいるな、と思うんですね。

武田徹: 確かに幸福は、難しいね。しかも子供さんがいなかったということが、このノーベル賞にも繋がったのか。いればやっぱり遺産よこせとかそういう話になるからな。

篠原憲文: そうですね。子供には親として色々残したいという気持ちも湧いてくると思うのですが、その点においても社会へという気持ちになったのかもしれないですね。

武田徹: なるほど。毎度我々ね、ノーベル賞は知ってるけれども、アルフレッド・ノーベルについての遺言なんてのはほとんど知りません。

けれどもそういう訳で今もノーベル賞が健在だものね。

篠原憲文: そうですね。100年経っても色あせないというか、ますます権威を発していると思います。

武田徹: ありがとうございました。 つばさ公益社、篠原憲文さんでした。

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