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おくりびとからのメッセージ  ~ノーベル博士と3通の遺言書~

SBCラジオ「武田徹のつれづれ散歩道」内で「おくりびとからのメッセージ」レギュラーコーナーを担当。

武田徹: おくりびとからのメッセージ。
いつものようにつばさ公益社、篠原憲文さん。おはようございます。

篠原憲文: おはようございます。

武田徹: よろしくお願いいたします。

篠原憲文: よろしくお願いします。

武田徹: さて、今日はなんか、ノーベル賞でおなじみのノーベル博士が、遺言をしたんですか、これは。

篠原憲文: そうですね、日本のテーマは「ノーベル博士と3通の遺言書」という話は、ちょっとしたいなという。

武田徹: 遺言書書いてんだ。

篠原憲文: そうですね。

武田徹: 1通はノーベル賞のあれかね。

篠原憲文: はい、正にそうなんですけども。
実はノーベル賞は先日の10月の1日に日本人の方もね、受賞されましたけれども。

武田徹: はいはい。

篠原憲文: 毎年この時期に受賞者が発表になっておりますが、このノーベル賞を作られた、いわゆるノーベル博士。

武田徹: うん。

篠原憲文: アルフレッド・ノーベルさんと仰るのですが、この方いわゆるダイナマイトの発明で知られる、スウェーデンの科学者といいますか、発明家の方なんですけれども、世の中にダイナマイトの発明も含めて350という特許をですね、取得して。

武田徹: そんなに特許持ってるんだね。

篠原憲文: そうですね。
まあ偉大なその発言者の方と言えると思うんですが、この方がですねノーベル賞創設に至ったさまざまなストーリーがあるんですけれども、今日は特にその中心となったその3通の遺言書について少しご紹介したいなと思いまして。

武田徹: はい。

篠原憲文: 遺言とかですね、自分の意思というものを生きている最中の、例えば終末期もそうですけども、自分が亡くなった後にどうするかと、こういったことを書き記すってのは重要だよな、というのはあるんですけれども。
ノーベルさん自身は大体1900年頃にはもう既にお亡くなりになっておられたんですけれども、自分の意思を最後こういう風に活かしてほしいんだ、という言葉で三つのその遺言書を残してらっしゃるんですね。
で、遺言書残すきっかけになった大きなちょっと出来事がありまして、ノーベルさんが亡くなられる大体10年前ぐらいの出来事なんですが、ノーベルさん50代の頃にですね、ノーベルさんは8人兄弟だったんですけれども、その中で既に財を築いた後の話なんですけれども、お兄さんがね、フランスを旅行中に命を落とされて亡くなってしまう事故があったんですが。

武田徹: なるほど。

篠原憲文: そのときに、お兄さんが亡くなったんだけれども、誤報としてノーベルさんが亡くなったんだというニュースがですね。

武田徹: 誤報で、じゃあでかいニュースだねえ。

篠原憲文: あの大富豪の発明家のノーベルさんが亡くなったという誤報が出るんですが、このときの紹介のされ方が非常にセンセーショナルで、いわゆる”死の商人死す”というタイトルで新聞に紹介されるんですね。

武田徹: 戦争でダイナマイト使われるからこう、死の商人ということで。

篠原憲文: そうですね。
時代背景からすると例えば発掘とかですね、鉱山とかのそういう現場とか、いわゆる土木工事の現場でやはり使ってはいたんですけれども、戦争の兵器として用いられて、ノーベル博士について新聞での紹介のされ方がですね、”可能な限り最短時間でかつてないほど大勢の人間を殺害する方法を発見し”

武田徹: なるほど。

篠原憲文: “そうして富を築いた人物が昨日死亡したんです。”そうやって紹介されるんですね。これをこう目の当たりにしたノーベルさんが、大きな衝撃を受けまして。

武田徹: うん。

篠原憲文: その中でその記事が出た翌年に1通目の遺言書を書くんですね。

武田徹: うーん。

篠原憲文: 彼自身にはそんなつもりはなかったという中で、世の中の平和に貢献したいとか、もしくは世界の発展に貢献したいそういう気持ちがあって取り組んでたんだ、というそういう思いをですね、彼は1通目の遺言書に記したと言われてるんですが。
ただですね、1通目の遺言書は後ほど破棄されていて内容が定かでない部分があるんですけども。
そして2通目そこから4年後に2通目の遺言書が書かれるんですが、そこではですね、学校への寄付を中心にそれからご親戚の方とかね、お世話になった人への遺贈というか、この人達にいくらずつ渡してくれというのが書かれていたんですけれども。
やはりそこからちょっと思い直して最後に書かれた遺言書、ここにノーベル賞創設について書かれたんですが、遺言書3通認めるその中で、今私たちにとっても知恵になるような知識があるんですが。
いわゆる自然人といいますか、人に対して相続をするとその自然人、人は当然寿命がありますから亡くなりますよね。
ただノーベルさんは最後まで後世に渡って残していく、何かその世界の発展に貢献した人を称するような、そういうお金を作りたいんだという想いがあって、それでいわゆる法人というか寄金を作るわけですよね。

武田徹: うん。

篠原憲文: なぜなら、寿命がない団体、組織ですから。

武田徹: そうですよね、法人はね。

篠原憲文: そこでノーベルさんが考えられたのが、財産の大部分はですね、いわゆる当時の有価証券に変えまして。

武田徹: うん。

篠原憲文: より安定的なものにするようにと書き記してるんですけども、そこで得られた利子をですね、毎年5等分にしてそれをそれぞれの分野で輝かしい成績を修めた者に渡してくれと。
それで生まれたのが物理学賞や科学賞といった5つの賞だったんですけれども。
そうすることによって今日まで100年以上続いているこのノーベル賞がですね、続けられるようになったそう。

武田徹: なるほどね。

篠原憲文: また、誰がそれを評して誰が授与すべきか。

武田徹: そこまでちゃんと書いてあるの。

篠原憲文: そこも記されて、はい。
で、これもですね誰々さんにお願いしますではなくて、ノーベルさんが、やはりその人の寿命考えた時に、人ではなくなってしまうからということで例えば物理学や科学省についてはスウェーデンの法律科学アカデミー。

武田徹: はいはい。

篠原憲文: 学校で決めてくれと。
例えば医学生理学については研究所があったんですけど、そこで決めてくれというような形で、いわゆる人ではなくですね、印鑑や組織、また学校というところに決めるように依頼をしたということなんですね。
実に様々な学ぶ点がある遺言書ではあるんですけれども、ちょっと印象的なノーベルさんの言葉がありまして。

武田徹: ほぉ。

篠原憲文: ノーベルさんはですね、実は子供がいなかったんです。
そして生涯実は独身でいらっしゃったんですが。

武田徹: ああそうだったんだ。

篠原憲文: その中でですね、子供がいなかったからこそそういう寄金を作って世界平和だとか、世界の発展に貢献した人にという想いにもしかしたらなったのかもしれないんですけれども。
ノーベルさんの言葉でですね、「遺産を相続させるってことはできるけれども、幸福は相続できない」と。
人に対しての言葉だったんですけれども、例えば親が残した遺産というのを仮に子供に相続したとしても、財産は渡せるけれども幸せは渡せないんだ。で、その中でその考えに考えて三回書き直しを行なって、そして生まれたのがノーベル賞だったわけなんですけれども、今日的にも実にその教訓に富んでいるな、という風に思うんですね。

武田徹: 確かに幸福はね、難しいね。
しかも子供さんがいなかったということが、このノーベル賞にも繋がったのか。
いればやっぱり遺産よこせとかそういう話になるからな。

篠原憲文: そうですね。子供にはこう親として色々残したいっていう気持ちもね、湧いてくると思うんですが、その点においても社会へという気持ちになったのかもしれないですね。

武田徹: なるほど。毎度我々ね、知りません。
ノーベル賞は知ってるけれども、アルフレッド・ノーベルについての遺言なんてのはほとんど知りません。
けれども今日はそういうわけで今もノーベル賞が健在だものね。

篠原憲文: そうですね。100年経っても色あせないというか、ますます権威を発してると思うんですね。

武田徹: いや、ありがとうございました。

篠原憲文: ありがとうございます。

武田徹: つばさ公益社、篠原憲文さんでした。ありがとうございました。

篠原憲文: ありがとうございます。

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