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おくりびとからのメッセージ   ~土葬について~

SBCラジオ「武田徹のつれづれ散歩道」内で「おくりびとからのメッセージ」レギュラーコーナーを担当。

武田徹:おくりびとからのメッセージ。
つばさ公益社の篠原憲文さんです。よろしくお願いいたします。

篠原憲文:お願いします。

武田徹:ちょいと前にですね、つばさ公益社で終活講座がございまして。

篠原憲文:はい。

武田徹:私もお呼ばれしまして。

篠原憲文:お世話になりまして。

武田徹:集まって下さいまして、ありがとうございます。
早速反応がきていまして、佐久市のすみれさんですよね。
「つばさホール2号店で終活講座を受講しました。江戸時代のお寺の位置づけを初めて知り、現代にはそぐわない感覚も納得でした。そして亡き父が遠方にあったお墓を近くに移したいと奔走した姿も思い出されました。」
ということですね。昔のお寺は住民と密着していたんですねぇ。穏やかな口調で納得できるこのような講座、次回も楽しみであるということで。

篠原憲文:ありがとうございます。

武田徹:松本からも来て下さいました。

篠原憲文:ありがとうございます。

武田徹:こちらは福澤みな子さんですね。
「初めてエンディング会議に参加させてもらった。」と、「武田さんのお話し、それから篠原先生との出会い。そして以前篠原先生のお話しの中に、命とは時間というお話しがありました。私も残りの時間を何か1つでも目標を持って、命を大切に使って過ごしていけたらと、考えを改めて深めることもできました。」
ということで書いて下さいましたけれども。ありがとうございました。

篠原憲文:ありがとうございます。

武田徹:はい。さあ、今回は「土葬」について。

篠原憲文:はい。

武田徹:今やっている所あるの?土葬。

篠原憲文:はい。実はちょっとタイムリーなニュースで。

武田徹:うん。

篠原憲文:先月6月の末にですね、長野県長野市豊野町でですね、土葬ができるような受け入れの体制が整いましたよ、ということで、新聞に。

武田徹:確かにあたしも記事読んだ記憶があるなあ。珍しいよねぇ。

篠原憲文:はいこれは長野県では非常に珍しいニュースだったんですね。

武田徹:うん。

篠原憲文:で、改めてちょっと土葬についてご紹介したいと思ってまして、今回の霊園で土葬ができますよというこのニュースは、実は坂城町にモスクですね。

武田徹:ありますあります。イスラム教のね。

篠原憲文:ありますよね。
そちらの管理されている社団法人の方々が、非常に広い霊園ですので、100平米に渡って永代使用権を得たと。
それでお仲間の方々が利用できるように整えていきたいということで、ご紹介されていたんですけれども。
ムスリム、集まりイスラム教徒の方たちにとっては最後、火葬か土葬かというのは実は大きな問題だったんですね。

武田徹:なるほど。

篠原憲文:っていうのはイスラム教の教えの中でいくと、火葬っていうのは禁止されているんですね。

武田徹:ああ、そうなんだね。

篠原憲文:その中でこうどうしても、国によってはそれしかできなければ、事情の中で火葬をされていたそうなんですが、やはり霊園土葬ができる所をお困りになってる方がいて、その中で長野でも受け入れができるようになりましたという、そういうニュースだったんですけれども。
実はですね世界的に土葬っていうのは自然な送り方といいますか。
陸の動物は土に還って、海の動物は海に還ってというのが、比較的自然の形ですけれども。
日本においても歴史を辿ると石器時代ぐらいからその跡が見られて現代だと昭和の中期ぐらいまでですかね、土葬が行われてきたんですけれども。
でもちょっと改めて思うとですね、火葬って少し飛躍があると思うんですね。

武田徹:土葬から火葬っていうのはね。なるほど。

篠原憲文:火葬って近代化してきて、世界的に増えてはおりますけれども、昨日まで生活していた大切な方を火にかけるっていうのは、我々は今自然の事として受け入れてますけれども、中々飛躍があるなぁと。
この中にはやはり宗教的な意味付けだとか、やはりそういうものがあって飛び越えていける世界だと思うんですけれども。

武田徹:そうだよなぁ。

篠原憲文:改めてそう考えるとイスラム教徒の方達が非常にお困りになっていた中で、県内でもできるようになったと。
そもそも日本で土葬って可能でしたっけ?というところを少しご紹介したいんですけども。
実はですね、今現在日本のお墓に関する法律というと、昭和の23年頃できた法律が元になって運用されてるんですけども。
実は今日現在で土葬は日本の法律ではOKなんですね。

武田徹:あ、可能なんだ。

篠原憲文:可能なんですね。
ただしですねただし自治体による条例がありまして。

武田徹:はいはい。

篠原憲文:できない所の方が多いんですね。

武田徹:ほぉー。

篠原憲文:例えば東京なんかもちろんですけれど、大阪、名古屋、都市部ではやはり土地の問題もありますし、非常に密集したところで、やはりどうしても土壌に対する影響みたいな話もありますし。

武田徹:あるよなあ。

篠原憲文:それで中々受け入れられ難いんですけれども。
例えば、日本各所調べてみたんですが、今土葬ができる地域、どんなところがありますか?というと、有名なのは山梨県。

武田徹:ほう。

篠原憲文:それから和歌山県、三重県、高知県、北海道、茨城県の一部で、今現在土葬が可能だと。
一頃ですね、実はこちらの番組で8年前ぐらいに土葬について紹介したことがあったんですが、その時の資料を見たら山梨県と北海道を紹介してたんですけれども、以降できるところが増えている所もありましたし。

武田徹:おぉ。

篠原憲文:今回長野県もね。

武田徹:できるようになった。

篠原憲文:できるようになった訳ですけれども。
ということで、実は探せば土葬をできる環境もあるし、まあ少し手続きの仕方が複雑ではあるんですけれども、選べるようになってきているっていうのは、いいことなのかなあと。

武田徹:うーん。
宗教的な理由でどうしてもっていうのはね、当然ありますからねえ。
これから国際化がもっと進むと、そういう問題がどうしても起きてくるだろうなあ。

篠原憲文:そうですよね。

武田徹:風葬をしたいなんて言ったら、どうするんだろうね?

篠原憲文:風葬は認められて。

武田徹:いるらしいね、モンゴルの方ではそうでしょう。ねえ。
私はね、土葬の経験はありますよ。自分は入らないけれどもね。

篠原憲文:あ、立ち会ったことが。

武田徹:うちの叔母さんが亡くなって、昭和20年代の、25、6年の頃かなぁ。

篠原憲文:戦後間もない頃ですね。

武田徹:戦後間もない頃ですよ。
で、穴を掘って村の人達が皆でそれを運んで安置して、そこに土を被せて。
で、昔はやっぱり狐なんかが出てきて掘り返すとまずいというんで、そういうところに色々な、動物たちが嫌う植物を植えるというようなね。

篠原憲文:そうですね。

武田徹:彼岸花なんかそうなんですよねどちらかというとね。

篠原憲文:ああ、毒があって。

武田徹:そういうのに立ち会った経験はありますねえ。

篠原憲文:凄い、よく覚えていらっしゃいますね。

武田徹:非日常の事だから、物凄い鮮烈に覚えているねえ。

篠原憲文:そうなんです。やっぱり掘り返されないように大事な人だからと、彼岸花もありましたし、お樒とかね、実に毒があるということで土葬の時に植えたり、大事な方だから、としているようなんですけども、今正に武田先生が仰ったように、結構大事にされていて、土葬の条例で色々調べてみたんですけども、栃木県で一応条例としては、2メーターほど掘って下さいという。

武田徹:なるほど。

篠原憲文:やはり深く掘っていただいてっていう条例を設定している所が多くて。
で、後は大体数年経つと少し陥没をするんですね。

武田徹:当然そうでしょうね。

篠原憲文:まあ土に還っていく訳ですから。

武田徹:うんうん。

篠原憲文:ですんで、そこを埋め戻したりとかっていうことで若干管理が必要だということなんですけどもね。

武田徹:うーん。

篠原憲文:まあなんというか原体験としてはね、お持ちになってる方も、武田先生もいらっしゃいましたけれども、段々と馴染みのない、日本では現在99%が火葬だということで、非常にここまで進んでいるのは珍しいんですけどね。
なんというか、例えば米国やヨーロッパもそうですけども、キリスト教徒の方にとっては、お葬式って復活祭という形なんですけども。

武田徹:ああ、そうですよね。

篠原憲文:体があるっていうのが大事でして。
それで土葬で体を留めて埋葬したり、もしくはエンバーミングっていうのが非常に進んでいて。
体をなるべく生前のように保存する技術も進んでるというのも、やはり宗教的な意味合いがあったりですね。
中国は近代化して、今政府が火葬を進めていますけど、当時その儒教の国だったときは、やはり火葬はしてはならないと。

武田徹:なるほどねえ。

篠原憲文:ですから、歴史も正に動きながらきているということですね。

武田徹:日本では天智天皇のあたりかなぁ、土葬から火葬に変わったっていうのはね。

篠原憲文:そうですね。

武田徹:要するにだって、火葬というのはさ、火炙りの刑っていうのがあるじゃないですか。

篠原憲文:まぁまぁそうですよね。

武田徹:あれとイメージが一致しちゃうから、相当抵抗あっただろうね、最初は。

篠原憲文:仰る通りですね。そこに確固たる意味付けがあったり教えがあって初めて日本でも始まって、730年代に僧侶の道昭(どうしょう)さんという方が、歴史上に出てくる、火葬を最初にされた方で。

武田徹:なるほどね。

篠原憲文:この方は遺骨をですね、白骨した遺骨を残すということに意味を感じられて、教えの一貫のような形で最後そうしてくれと望んだそうなんですけれども。

武田徹:ほぉ。やはり昔の方というのは土葬で今まで来たのがねえ、突然火葬になると、怨霊っていうのは当然あるから、やっぱり仏教が日本にかなり浸透して、お寺さんが、つまりお坊さんがそれを上手く念仏をして、その怨霊を元のところに返すというのが非常にポピュラーになってから、火葬というのは一般的になったというようなことを、どこかの本で読んだことあるけれどもね。

篠原憲文:仰る通りですね。
日本の古来の神道でいくと怨霊とか祟る、荒ぶる神というような。

武田徹:そうなんですよ。

篠原憲文:で、神道は考え方的には土葬なんですね。
で、それに対して仏教が持ってきたのは、学問的なとこもですけれども、新しいあの世の世界を紹介した訳ですね、その、成仏という。極楽浄土ですね。

田徹:そうなんですよ。

篠原憲文:完全に大陸から入ってきた新しい教えで、命の行き先っていう意味でも、そういった中で火葬が浸透してきたっていうのがあると思いますね。

武田徹:そうですか。土葬もいよいよ、豊野町でもできるように、宗教的な要請からね。

篠原憲文:まあ多様化の時代という感じがしますね。

武田徹:なんかそんな感じがしますね。
いつものように、つばさ公益社の篠原憲文さんのお話し、ありがとうございました。

篠原憲文:ありがとうございました。

武田徹:おくりびとからのメッセージをお送りしました。

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