0120-123-300
【自宅を使わないお葬式専門】

おくりびとからのメッセージ  ~戌の満水~

SBCラジオ「武田徹のつれづれ散歩道」内で「おくりびとからのメッセージ」レギュラーコーナーを担当。

武田徹:おくりびとからのメッセージ。
つばさ公益社の篠原憲文さんです。おはようございます。

篠原憲文:おはようございます。

武田徹:篠原さんは今、佐久平におられるんですよね。

篠原憲文:そうですね。住んでますし、仕事もそちらで。

武田徹:先週の土曜日、これから台風19号が日本に上陸するよという報道ここでも度々続いたんですが、かなり雨降りましたか。

篠原憲文:いやぁ凄かったですよ。

武田徹:やっぱりなぁ。

篠原憲文:雨も凄かったですけれども、驚いたのは雨が降る少し前に、けたたましく携帯電話が鳴るんですよね。Jアラートというのでしょうか。

武田徹:そうですね、はいはい。

篠原憲文:佐久でいくと結構こう、雨が降り始めの早々のですね、午後三時ぐらいから内山地域というところで、早く非難を始めて下さいっていうような警報が、結構早い時間から。

武田徹:先週の土曜日の午後3時にはもうそういうことがあったんですか。

篠原憲文:そうなんです。ですのでまだ雨脚もそこまでないけれども、危ないかなぁと。
結構何度も鳴るので、実際に雨が降って来る前に、身構えたりってことは明るい時間からできましたけども。

武田徹:そういう意味では、事前に災害を知らせるということは、結構機能はしていたんでしょうね、きっと。

篠原憲文:そうですね。実際驚いたのは、携帯電話自身お仕事柄ずっとマナーモードにしてるんですけど。

武田徹:なるほど。

篠原憲文:無関係に鳴るんですよね。仕事中だったんですけども、来場の皆様の携帯も一斉に鳴るので。

武田徹:ははー(笑)

篠原憲文:何事だ、みたいな(笑)
そういう非常に早め早めに、ああいう連絡が入るっていうのは素晴らしいなあというのは、実感したところですよね。

武田徹:でも今回はですね、19号が上陸する前からかなり最大級の警戒が必要だと言っておりましですね、その通りになってしまいましたなあ。

篠原憲文:本当ですね。正直その時を迎えるまで半信半疑というか。

武田徹: はい。

篠原憲文: 長野県の神話というかですね、守られてるという。
自分自身も生まれてこの方岡山でね、大きい雨が無かったので本当に驚きましたけれども、できることとしても母親が千曲川の比較的近くに住んでいたので、危ないから家においでよということで、一緒に過ごしてたんですけど。

武田徹:ふーん。

篠原憲文:実際降り始めてからは、様々な情報が入ってくるなかで、一緒にいるっていうのは大事だなぁということを感じましたね。

武田徹:そういうことでしょうね。それで、その3時にはそういう緊急のですね、Jアラートがきたんですけれども、その後もずっと降り続いていました?

篠原憲文:そうですね。午後9時・10時ぐらいまでは、ずっと降り続いていましたね。

武田徹:ははー。それも尋常な雨ではない。

篠原憲文:そうでしたねえ、ちょっと音が普通じゃないな、という感じです。

武田徹:そうなんだ。そういう地域の雨、降ったのは全部千曲川に流れて、それで下流はああいう状況になっちゃう。今回振り返ってみると、なるほどなぁと思いますね、これは。

篠原憲文:正直その日は、夜NHKみたいなね、ああいうニュース報道の番組、他の民放も皆ああなってましたけれども、速報性という意味では、Twitterというようなものもよく見てまして。

武田徹:はい。

篠原憲文:実際どうしても全国的なニュースとか、SBCさんでも長野のニュース、佐久のニュース結構早い時間からやってくれていて。

武田徹:そうですね。

篠原憲文:情報が取れてありがたかったんですが、もうちょっと細かい、例えばどこどこ地区だとか。

武田徹:ああ、そうか。

篠原憲文:今回でいくと佐久の中でも特に、内山の地域ですとか、川の近く、あと佐久穂町とか、色々なところであったんですけども、その近くに住んでいらっしゃる方が発信してくれる情報というのがあって。
そういったもので情報に触れるにつれ、恐怖といいますか、色々事前に動けたり、情報が取れるっていうのはよかったな、と思うんですけどもね。

武田徹:で、それをいかに今度はね、避難とかそういうものに生かすかということなんでしょうね。

篠原憲文:そうですね。今回私佐久に住んでいたので、頭を過る1つの言葉があったんですが。

武田徹:なんですか?

篠原憲文:戌の満水。

武田徹:ああ、江戸時代の大洪水ですよね。

篠原憲文:そうですね。1940年代だったようなんですけれども、約300年前ぐらいですね。まあ佐久といいますか、この信州にですね、非常に激烈な台風が来て。

武田徹:そうです。

篠原憲文:当時としてはですね、様々長野市内も小布施の方にも石碑とかで当時の状況を伝えるものが残ってますけれども。

武田徹:あのねえ、柱が立ってて、犬の慢性の時はここまできたんだよって、ホント凄い高いところまで来たんだよね。

篠原憲文:そのようですね。実際今回もTwitterみたいなところで、戌の満水を思いだそうみたいな言葉があって。

武田徹:おお、なるほど

篠原憲文:実際に洪水表みたいな、どの高さまできたという事を調べてみたら、10メーター以上11メーターぐらい水がきたらしいんですよね、小布施の方にあるらしいんですが。

武田徹:そうなんですよ。ですからJRのね、今回は車両が水に浸かった。あそこは10メートルの水深ぐらいの洪水が来るところだよとされてるんだから、それは戌の満水の時を1つの参考にしてんじゃないかなぁ。

篠原憲文:おそらくきっとそうなんでしょうね。実際県内何カ所か、当時のその水位を示すその水表っていうのがあるそうなんですけれども、実に恐ろしい災害であって、で、今日現在の佐久ですと、その供養が行われてますよね。佐久地域、また小諸までは、お盆の時期に8月の1日の日に、弔いを行う習慣が。

武田徹:その戌の満水の?

篠原憲文:そうなんですね。

武田徹:それは要するに、次の世代にずっとそれを繋げようという意味合いもあるんだねえ。

篠原憲文:その通りでして、江戸の1740年代に起きた洪水被害があって、そのとき広いところでは集落ごと流されてしまったような、亡くなった方も3千人を超えるような状況で、その当時のですね、恐ろしさを伝える記念碑もできましたし。

武田徹:はい。

篠原憲文:習慣として200年以上ですね、洪水被害のあったその人たちの供養という意味で、その佐久の地域、まあ小諸ぐらいまでですね、8月の1日にお盆ではなくて、その日に供養が行われていて。これは戌の満水の被害者の供養から、その時期になった。

武田徹:ほぉー。これ、篠原さんは小さい頃からそういう話を聞いています?

篠原憲文:はい。聞いておりますね、洪水被害があってと。
実際その弔いの中にも色濃く反映してるところがありまして、佐久・小諸の地域でいくと位牌を分ける習慣があるんですね。

武田徹:ほぉ

篠原憲文:で、これはお寺様からお伺いした話ではあるんですが、いわゆる分家・本家でですね、親が亡くなった時に長男二男含め、皆がですね、位牌を分けてもらっていくんですよね。

武田徹:うーん。

篠原憲文:全国的に見ても結構珍しい文化なんですが、理由としてはですね、大体本家とか古い家ってのは、少し高台にあるそうです。

武田徹:そうですね、立地条件が比較的良い場所ですね。

篠原憲文:そうなんですね。その子供たちが、信託っていうのは比較的新興のエリア、つまり川の流域近くとかに、ニュータウンじゃないですけども、家を求めたりしている。
で、大きい被害とかがあった中で、家が流されてしまうと一緒にご先祖様も流されてしまうようなことがあったんですよね。

武田徹:そういうことか。

篠原憲文:保険をかける意味で今日的にも位牌を分けているんですけども、これも辿っていくとその洪水被害の教訓として行われていると。

武田徹:はいはい、なるほどねえ。

篠原憲文:実は辿っていくと、日本の歴史と治水っていうのは、凄くいろんなところで資料が出てきて、実際その、国づくりとは治水であるというような。

武田徹:水を制する者は国を制するってよく言いますよね。

篠原憲文:そうですね。ちょっと今回の洪水があって調べてみましたけれども、やはり世界的にも、例えば文明の起こり、世界四代文明いずれも川の流域からきてますけれども、世界的にもやはり雨が降れば洪水があったり、水かさが増したり、そういった中人類の治水との戦いの歴史でもあったと、日本っていうのは山岳地帯で、非常に急な斜面で、川もですね、非常に速い流れで流れてきますから、治水の対策というのが世界的に見ても難しいと言われてるエリアなんだそうですが、どうも日本の歴史を辿っていくと、弥生の時代には既に治水の工事っていうのが様々行われているっていうのがありますね。

武田徹:うーん。

篠原憲文:で、やはり有名なところでいくと飛鳥時代にですね、大阪の方ですけど淀川ですとか大和川と言って、大きい流域の川があるんですけれども、当時ですね、仁徳天皇という。

武田徹:はい。

篠原憲文:有名な方が。

武田徹:有名だね、仁徳天皇陵古墳。

篠原憲文:はい、ですよね。お墓として古墳がね、鍵穴型といいますかそんなお墓が有名ですけれども実は仁徳天皇という方は実際に治水に力を入れた方という歴史がありまして。

武田徹:ほぉー、なるほどねぇ。
仁徳天皇をですね、称えるという意味で、亡くなった後にあれだけ大きなお墓を築かれて、且つお堀がありますけど。

武田徹:はい。

篠原憲文:あれは正に、治水工事の当時の土木技術の結晶なんですけれども。
治水も兼ねたお墓なんですよね。

武田徹:なるほどねえ。

篠原憲文:ということでですね、他にもですね、様々その、河川の改修。

武田徹:そうなんですよ。
戦国時代の武田信玄の信玄堤は未だに機能しているんだってね。

篠原憲文:今回の雨の時も、当時ですから1500年代とか、もっと前ですかね。その当時の治水工事が、現代人を守っているというかですね。

武田徹:誠に治水っていうのは昔、そして今も大事だということです。

篠原憲文:そうですね。
今回は本当に教訓をいただいたというか、ちょっと実体験としてね、中々辛い体験ではありますけども、気をつけていけたらと思います。

武田徹:そういうことで、今回の災害を1つの教訓にしてその中から色々な宝を拾って次に活かすということが非常に大事ですよね。

篠原憲文:そのとおりですね。

武田徹:ありがとうございました。
つばさ公益社、篠原憲文さんのお話しでした。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です