
最近は、お墓や終活どうするとかよく聞きますね。これも日本が高齢化社会に突入した反映だとは思いますが。

そうですね。

お寺さんも含めて、随分と問題があるようだね。

そのようなので、本日はお墓の話をしたいと思います。お墓については、本当に色々な方が悩んでおり、お墓を持っていてもいなくても悩みがありますし、更に墓地を所有されるお寺さんや自治体も悩んでいて。ということで、本日はイマドキのお墓事情なども案内していきたいと思います。

よろしくお願いします。

まず、お墓を持っている人の悩みについてなんですが、多くの人が後継者の問題で悩んでいまして。

そうなんだよね。

お墓に関わる親戚付き合いやお寺やお金などで苦労されてきた中で、お墓に纏わる色々を承継するにあたって、子供に迷惑を掛けたくないという気持ちもあるようですね。

そうでしょうねぇ。

何故お墓はこんなに悩みが出てきてしまうのか、実は根っこになる根本がありまして。

なんでしょう?

お墓といえば、先祖代々のお墓というものがありますよね。普通の家で大体3~4代、古い家でも4~5代がいいところでして。遡ってみても、明治辺りがお家のお墓として祭っている最初の人ですね。江戸辺りでは、当時は激動の時代で、過去帳が辿れなくなっていることもあり、お寺でも追跡が難しくなっていて。
で、今日(こんにち)のお墓といいますと、明治辺りが1つの分岐点というお話がありましたが、ちなみに、明治17年の法律の一文に、遺骨もしくは遺体は墓地に埋葬すべしという文章がありまして、つまり、明治17年辺りは、墓地以外の様々な所に埋葬されていたということでして。

そうだよね。

それがあって、墓地に埋葬するようにと明記されて、法律化していく訳なんですね。
以前お便りで、河原沿いに石塔があるんだけど、なんだろう?とありましたが、もしかしたら明治17年より前とか、もしくは、法律として発布されてもその直後から変わる訳ではないので…。

ある程度、時間が掛かるからね。

なので、これまでもそうだったからと埋葬されてきた跡かもしれないですね。お墓は本当に色々な所にあったということです。これが法律として明文化されるのは、昭和23年頃。

戦後だな。

戦後間もないこの時期に、現在は「墓埋法」なんて言われますが、お墓や埋葬にかかる法律が始まりました。

なるほど。

これが、現在も私達が法律として従っている原型になります。条文が少しずつ更新されているものなんですが。
戦後間もなくの、まだ車もそんなに走っていない、鉄道も東海道を走って数年みたいな時代に、多くのことが変わりました。

そうですね。

例えば、江戸時代の日本人の人口は三千万人前後だと言われていますが、明治から平成までの間に人口が激増して、一億二千万、三千万という時代がありましたよね。

そうですね。

人口が爆発的に増えて、更に、民法で家制度というものが明治時代にできまして、家制度にお墓の承継についてもある程度規定がされていたのですが、その中に、「基本的にお墓というのは長男が継ぎなさい」と。

はいはい。

で、二男以降の人は新たに墓を作るという、これがお墓の基本形で、墓を継ぐのは長男のみなんですね。ということは、つまり、ねずみ算式にお墓が増え続けてしまうということなんです。

当然、そうなりますよね。

で、人口が爆発的に増えていた時代に限りが出てきます。2006年に、日本人の人口がピークを迎えて。いわゆる、出生率が1.何%という、人口が下り坂に入った時でして。ということは、これまでねずみ算式に増えてきたお墓が、そこを転機にしてどうなったかというところなのですが…。

どうなるのでしょうか。

例えば、出生率が1.何%という時代でいくと、例えば、今現在お墓があって、家には男の子が2人いる家があったとしても、その長男が結婚する相手というのが、統計で見ると1人娘の可能性、もしくは姉妹の長女と結婚する可能性が二分の一とかで。つまり、その長男は跡継ぎなんだけども、面倒を見るお墓が2つになる可能性がある。

なるほど。

つまり、人口が減ってくると、自分が見なきゃいけないお墓が増えるということで。
で、現在お墓を持っている人が困っている根っこに、人口が減ってきてお墓を支える人数も減ってきたという要因があります。つまり、墓じまい待ったなし!という状況にあるということですね。

なるほど。

この墓じまい待ったなしになると、お寺も困ってくる訳ですよね。

そういうことだね。

お墓を失うということは、檀家を失うに近いところがありますから。
日本人というのは、1年の内に通常で4回お墓参りをすると言われていて、春・秋の彼岸、お盆、命日があるためそう言われるのですが、お墓がなくなってしまったら、こうした場面でのお寺との付き合いも希薄になりますし。

当然、そうなりますよね。

つまり、法事か葬儀で会うか、という世界になってしまいますから、やはりお寺としても、お墓を残しておきたいという思いがある訳ですよね。こうした問題で、お寺も困っていると。

なるほどね。

他にもお墓に困っている人がいる訳ですが、それが起こる根っこというのが、人口が流動化にあることでして。

う~ん、これもねぇ…。

例えば、昔は親も子供も孫も同じ場所で生まれ、生活して、一生を終えるということが一般的でした。そんなに遠くに行けず、人の移動が少なかったですから。
それが、自動車で高速道路を利用したり、新幹線に乗れる時代になって、お墓は長野にあるけど、子供は海外にいるとかいうケースが起こってきて。

いや、多いですよ。東京とかならまだいいけどね。

これではお墓を守れないという事態が生まれてきますよね。
先程の、年4回のお墓参りもできなくなって。

そうですよね。

つまり、人が流動化しているのでお墓を守りづらくなっているということと、人口が減ってきてしまって、お墓を守っていく人数も減ってきているというのが、お墓の大きな問題点になってきていますね。
日本国民総じて、何かしら悩む時代になってきたということですね。

はい。

そして、お墓を持っていない人に関しては、持ってる人の苦労も見ているし、例えば、夫婦だけで子供がいないから、お墓は誰が管理していくのだろう?という疑問が湧いて、お墓ってそもそも作るべきか?と考えるんですよね。

見る人いないもんね。ご夫妻がいなくなった後、誰もいないんだから。

そうなんです。そういったこともあって、これからのお墓というのは、どうあるべきなのか、今日的な社会問題になってきています。

はい。

一応、回答という意味では、いくつか選択肢がありまして、継ぎ手を必要としない形式の、「永代供養墓」というのが非常に増えてきているのですが。

ああ、よく耳にします。

永年供養されるもので、基本的に集合している所で、マンションを借りるようなイメージだと思います。

そうですね。

まとめて拝んでもらえるので、基本的に個別のお墓の掃除や管理は不要なものなのですが。

共同墓地みたいなものだよね?

そうですね。実は、こうした永代供養には、非常に分類が有象無象ありまして、管理費が掛かる所もあれば、掛からない所があったり、もしくは区画を何年単位とかで買う所があったり、最初から合祀されるような形があったりするんですよね。

なるほど。

こうした様々な選択肢が出てきていて、色々なお困りに対して解決策が生まれてきている最中という感じがしますね。例えば、散骨や、お墓を持たない形も選べますし。

そうですねぇ。

こういったことが大きく世の中に周知され始めたのは、秋川さんが歌われた、「千の風になって」という歌がきっかけで。

新井満さんが作曲したんだよな。

あの歌が紅白歌合戦とかで沢山歌われて、耳に入るようになって、遺骨のあり方、骨の在り方、考え方に違いが生じてきて、分岐点になったと思っています。
そういったことをきっかけに、散骨、樹木葬、桜葬、宇宙葬など、実に多様化してきていて、それを受け入れられる土壌が育ってきたと感じます。

確かに、そうですね。

現在、本当に時代の過渡期にあるなぁと。葬送の文化が、変化の現在進行形にあると感じています。

本当に、社会の移り変わりと共に、お墓の在り方についても、激動の時期という感じがしますねぇ。

それで、実は、私の元に寄せられる相談って、お墓で悩んでいる方が結構いまして、お墓に悩んでいる人の助けになりたい思いもありまして。

多いんだね。

もし困ってる人がいたら、是非お便り寄せてもらったらなぁと思っています。

そうですね。

今転換点としては、かつて、法事というものを以て家族で集まって弔いをしたりするのが、徐々に個人としての弔いに移り変わってきていたり。また、生活の拠点が1ヶ所に集中して生活をするのが難しい時代ですから、新しい供養の形も求められている。先般、ポータブルな生き方という話がありましたが。

はい。

先般、ポータブルな生き方という話がありましたが、骨のある、お墓のある場所というのは、つまり故郷なんですよね。今現在、この故郷の在り方というのが本当に…。

問われるっていうか、どうしたらいいかってことだよね?

そうなんです。

という訳で、問題提起が色々ありましたね。深刻な方もおられるかもしれませんが、現在、そういった状況だと理解していただけたらと思いますね。
本日もお話、ありがとうございました。