今日は、私も大好きなウォルト・ディズニーのお話ということですが、遺言状のお話なんですね。
はい。本日は有名人の遺言書ということで、ウォルト・ディズニーさんが記された遺言について紹介したいと思います。この方といえば、説明が不要なくらい世界的に有名な方ですよね。
凄い方ですよね。ディズニーランド、みんな一度は行ったことあるんじゃないですか?
そうですよね。ディズニーランドを造られたり、世界で最も有名なミッキーマウスの生みの親ですが。
そうなんだよね。
この方、「ウォルト・ディズニー」という名前で知れていますが、実はペンネームなんですよね。
本名じゃないんだ?
本名は、「ウォルター・イライアス・ディズニー」さんなんですが、日常的にもウォルトさんと呼ばれていたそうです。
ほぉ。
先程の話にもありましたが、ミッキーマウスの生みの親ということでアニメーターの仕事、テーマパークの企画、運営などのプロデューサー業、あとは有名な話で、ミッキーマウスの声優もご本人がされていたり。非常に様々なことをされていたので、肩書を付けるのが非常に難しい方なんですよね。
そうだったんですね!
そして、ミッキーマウスについて調べていくと、実はとても不遇な時代に生まれたキャラクターなんです。そして、声優をウォルトさん本人が行い、性格もウォルトさんに類似していると言われています。
じゃあ、ミッキーマウスには相当肩入れがあったでしょうね。
そうでしょうね。
ガレージかなんかで作業していたらネズミが出てきて、それがきっかけになったとか、どこかで見たことあるね。
ミッキーマウスの生まれについても、非常に色々なストーリーがあるようですね。本日の遺言の話の中でも出てきますが。
出てくるの?
はい。
遺言というのは、その人の生きた証や人生訓というのが現れていますよね。その中で半生を少しご紹介しながら、遺言についてもご案内したいと思います。
よろしくお願いします。
ウォルト・ディズニーさんは、エンターテイメントの世界では知らない人がいないというような、輝かしい名声を手にした方ですが、実は失敗を非常にしておりまして。
それは是非、失敗の山を知りたいね。失敗は成功のもとだからね。
輝かしい成果が表出ていて、あまり知られていないのですが、結構な失敗をしていて、会社も3社くらい潰しているんです。
そうだったんですね。
時代背景としては、1901年の生まれで、66歳の時に亡くなられているそうで。
まさに20世紀を生きた人だなぁ。
そうですね。20世紀の始まりの年から生まれになられて。
第一次大戦の頃は、いわゆる多感な青少年時代を送っていまして、陸軍に士官されて、後方支援の業務をやっていたそうです。その中で、お父さんが工場の経営をしていたそうですが、そういったことは嫌っていて、自分は絵の道に進むんだという考えがあったようですね。
なるほど。
当時絵といえば、大衆的ではあるのですが、新聞広告に漫画で時代を描くというのが流行りで、ウォルトさんもこれを望まれるのですが、当然無名ですから、新聞社に行っても中々仕事にありつけないという。
大変だったんだろうね、売り込むのは。
今の時代では想像できないぐらい、当時は極貧時代と言われていたそうで、仕事にありつけず、食うに困る生活をする方が多かったようです。
なるほど。
このウォルトさんの転機になった出来事がありまして、お兄さんのロイさんが非常に堅い仕事の銀行員をされていて、色々と手を尽くして、それなりに名の通った新聞社で広告を描かせてもらう仕事を見つけてきて、それからアニメーターとしての仕事が始まるのですが、契約が打ち切りになってしまったりして食いぶちがなくなってしまうということで、新聞広告をやっていたという実績を引っ提げてデザイン会社をつくるのですが、これも上手くいかなくて潰れてしまったりとかして…。20代は失敗の連続といいますか。
でも大したものだね。次々とまた行動するその姿勢が。
本当に、大きな失敗が何度もあって、食うに困ったり苦しい中で挑戦をするというのは、中々真似ができないことですよね。
実はミッキーマウスが生まれてくる前に、オズワルドというキャラクターがいまして。
オズワルド?
実はこのオズワルドというのは、非常に様々なサイドストーリーを持っているキャラクターなんです。見た目は少しミッキーマウスに似ていて、初めて商業キャラクターとして生まれたのですが、実はこれが大成功するんですね。
そうだったんですね。
当時、アニメーションの世界で動きが加わり始める時代に、ウォルトさんは長年の相棒となるアイワークスさんと一緒にアニメを作っていくのですが、当時は自分たちで販売まで全部やるのは難しいので、大手のユニバーサルピクチャーズという会社と一緒に組んで、オズワルドというキャラクターで売っていきます。これが後のディズニーに大きな影響を与えていきます。
オズワルドというキャラクターをつくったのはウォルトさんとアイワークスさんなのですが、実は、会社の方に版権を奪われてしまうんですよね。
ユニバーサルに奪われちゃうんだ。
それ以降、一生懸命手塩に掛けて育てたオズワルドというキャラクター、更にそのキャラクターを作った会社も同時に失うんですよね。スタッフもみんな取られてしまって。
大変でしたね。
そういった大いなる挫折をするのですが、その帰りの汽車の中で生まれてきたのが、ミッキーマウスだったんですよね。
なるほどねぇ。
このミッキーマウスがとても愛されるキャラクターとして育って、アニメの成功もあって、非常に広大な敷地を使ったテーマパーク、ディズニーランドにも繋がっていきます。
このミッキーマウスのストーリーを知らない人って意外と多いと思うのですが。
知らないですね。
ミッキーマウスの声はウォルトさんで、動き付けるのはアイワークスさんだったのですが、ミッキーマウスが喋る言葉というのは非常にポジティブで、夢がある言葉だったり名言を沢山残しています。そして、沢山の失敗を重ねても挑戦するウォルトさん自身も、沢山の名言を残しています。例えば、ミッキーマウスの名言で、当時チャップリンの影響もあったと思うのですが「自分を笑いものにすることとは、自分を愛するということなんだよ」という言葉をアニメで残しているんです。
はい。
あと、「やってしまったことは取り返しがつかないけれども、やらずにそのままになってるものはそのままにしてはいけないよ」とか。子供向けのアニメーションでも非常に考えさせられるような、含蓄があることを節々で言っているんですよね。
なるほどねぇ。
で、この言葉をウォルトさん本人の声で伝える訳です。
ここが凄いところだよなぁ。しかもミッキーマウスってさ、ネズミでしょ?嫌われ者なんだよ?
除け者だったりしますが、そんな中で素敵な言葉をウォルト本人が、コミカルな動きや描写の中で発言するという。それが後に愛されていくキャラクターになっていくということなんですよね。
ネズミを主人公にするって、現在でいくとゴキブリを主人公にするようなものだよ?
仰る通りでございます。まあ、ネズミといえば不衛生なイメージがありますよね。
感染症とかあるじゃない。
除け者だった訳ですが、ウォルトさんは下積み時代が長い方ですから、自分の人生経験も兼ねてそういったネズミを選んだのかも知れないですね。版権やお金に悩まされても下を向かずに行動し、キャラクターに命を吹き込んで大きな共感を得たり。そして、テレビ全盛の時代に入ってくるので。
そうだ。時代もよかったね。
まあ、追い風という意味では。
そうだよな。
ウォルトさんは演出家としても非常に優れていて、テレビの中で効果的に広告を打ったりしながら大きく成長させていったのですが、その中で転機になったのが「ウォルトディズニーワールドリゾート」といって、フロリダのど真ん中に、真新しい豪華ホテルにエンターテイメントの遊園地をつくりまして。
はい。
ウォルトさんは娘が2人いて、よく一緒に動物園や遊園地に行っていたそうなのですが、子供は楽しそうにメリーゴーランドに乗っているけど、自分はピーナツを食べるだけで、家族みんなで楽しめる遊園地をつくろうと考えて。で、ディズニーランドはファミリーエンターテイメントを追求すると掲げているのですが。つまり、子供も大人もみんなが楽しめる場所にしたいということで。
このワールドリゾートは、ウォルトさんの本当の夢だったそうなんですが、この完成前に亡くなられてしまっているんですよね。
完成前に亡くなってしまったんですね。
一番最初に手掛けたのはカリフォルニアアナハイムのディズニーランドで、その集大成として手掛けていたワールドリゾートの完成を見ずに亡くなってしまった。
ただ、ウォルトさんはすごい名言を残していて、これは今ディズニーの関連で働いている人たちへの、まさに遺言として語り継がれてるものなのですが、「ディズニーランドが完成することはない」と。
ほぉ。意味することはなんとなく分かるな。
想像力がある限りは進化し続けるということを言っていて。
なるほどな。
ディズニーランドって、実は工事大国といいますか、ずっと工事し続けることで有名なんですが。
常にコンストラクションだな。
常に何か工事している。これはなぜなのかというと、実はそういうDNAなんですよね。
まあ、ウォルト・ディズニーさんは斯様な訳で、ディズニーランドを作るスタッフの方にも様々な言葉も名言も残しているのですが、今日一番お伝えしたいのは、家族に対して何を残したのか。
これですね。聞きたいですね。
これは直訳なのですが、「私はリリアンディズニーと結婚し、子供はダイアンとシャロンの2人の娘しかいないことを言明する」奥さんがこの人で、子供はこの人しかいないという証明から始まります。そして「全ての有形資産、版権の維持会社を妻に譲る」と。
妻に譲ると。
一番最後にこう締めくくられていて。「遺言書で規定している以外に私の子であると主張するものが出てきたとしても、私の意思と知識により、いずれの相続人にも遺産を残すことはない」と。
なるほどね。
ウォルトさんは肺癌で亡くなられているのですが、これはタバコの吸いすぎじゃないかと言われていて、他にも朝食にドーナツ2個をお気に入りのウイスキーに浸して食べるのが好きだったそうで、これはお酒がいかに好きだったかというストーリーとして語り継がれてるのですが、お酒やタバコを少し嗜みすぎていたという話もあって。
そうですね。
ウォルトさんの人生を振り返ると、本当に節目節目に家族の愛情に支えられて生きていると感じるのですが、これは路頭に迷っている中で、お兄さんが新聞広告の仕事を見つけてきてくれたこともそうですし、先程のオズワルドというキャラクターをつくった。
仲間ですな。
そうですね。実はお兄さんと一緒にハリウッドに会社を造った、その会社で手掛けているんですね。
で、奥さんのリリアンさんという方は、40年に渡ってウォルトさんの仕事を支えてきていまして、ウォルトさん自身も、娘を本当に溺愛していて、その中で遊園地を作るきっかけがあった訳ですが…。本当に家族愛に溢れた方で。
そうですね。
そして、ディズニーと言えば、今日的にも会社のDNAとして版権の管理がガッチガチで。
ガッチガチなんだ。
今日的にもキャラクターを作るというのは、年数も決められて、使い方、シチュエーションまで取り決められているのですが。これはつまりウォルト・ディズニーという会社に刻まれたDNAなんですよね。
自分の失敗、つまり、ユニバーサルに取られたということが相当なショックと共に、後のいい教訓になっているということですよね。
そうですね。最後、会社向けには様々な名言を遺言として残していて、先程のディズニーランドに完成はないとか、あとは清潔さについて、実は様々な角度から言及しているんですよね。清掃員というのはエンターテイメントであるというようなところから、様々な掃除についてのことが言われていて。
つまり、清掃?
そうです。掃除についての名言が多いんですよね。
面白いもんだね。
で、最終、子供にはとにかく愛情と、揺るがない引き継ぎ方としての派遣会社として、そういう仕組を作って。遺言の執行も、弁護士とユナイテッドカルフォルニア銀行というところに遺言執行者を頼んで、厳密に子供たちに残したと。なんといいますか、生きた半生そのままに全ての人に愛情ということでしてきた方ということで。
素晴らしい。ということは、トラブルは多分起きないでしょうな。
遺言を非常によく作られた仕組みの中で引き継がれたということですね。
自分の人生の失敗したことを全部その遺言に入れて、そういうことが次の世代にないようにということをしっかりとやった人なんだな。
そうですね。立つ鳥どころか、大きなギフトを残していったんですよね。
色々知りました。私もウォルト・ディズニーの映画はいっぱい見たからね。本日はありがとうございました!